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研究成果トピックス-科研費-

プラズマ技術とマイクロデバイス技術の融合でサイエンスのおもしろさを明らかにする

熊谷慎也(理工学部・電気電子工学科・教授)

公開日時:2023.12.25
カテゴリ: 遺伝子導入 細胞 マイクロデバイス プラズマオンチップ 大気圧プラズマ

研究情報

期間

2018~2019年度

種目

挑戦的研究(萌芽)

課題/領域番号

18K19942

課題名

シングルセル遺伝子導入デバイス

期間

2019~2021年度

種目

基盤研究(B)

課題/領域番号

19H04457

課題名

プラズマ照射型シングルセル遺伝子導入マイクロデバイスの開発

取材日 2023-10-20

さまざまな分野での研究活動の経験をお持ちで、プラズマ技術とマイクロデバイス技術の融合について研究されている理工学部・電気電子工学科の熊谷慎也教授にお話を聞きました。

 

 

プラズマで細胞の活動をコントロールする

プラズマ研究について教えてください

まず、プラズマについて説明させていただきたいと思います。プラズマは、固体、液体、気体に続く、物質の第4の状態のことを言います。プラズマの中には、電気的な粒子や、化学的に反応性の高い原子・分子が含まれていて、科学・産業の分野で広く利用されています。たとえば、核融合のようなエネルギー分野でプラズマは研究されていますし、その反対にとても小さな電子デバイスをつくるのにもプラズマ技術は欠かせないものになっています。

 

こういったプラズマ技術は、いわゆる真空装置の中でつくりだされていたのですが、プラズマの生成技術の発展によって、大気圧条件下でも半導体を加工する時と同じプラズマの状態を作り出すことができるようになったんです。今までは真空装置には入れられなかったバイオ試料にプラズマを直接あてることが可能になり、ブレークスルーが起きました。この研究は世界中に広まって、アメリカやヨーロッパではプラズマの照射で難治性の皮膚疾患が改善したという報告がありましたし、日本でもプラズマを使ってがん細胞を死滅させたという報告がありました。今、とてもホットな研究分野です。

 

名城大学ではプラズマの研究が盛んです。学内には「プラズマバイオ応用研究センター」があって、プラズマのバイオ分野への応用が研究されています。細胞をはじめとするバイオ試料にプラズマをあてて、それらの生命活動をコントロールすることが試みられており、農学や薬学などの分野への応用に向けて研究が進められています。

 

科研費の研究について教えてください

細胞をシャーレの中で培養して、そこにプラズマの刺激を加えて細胞の活動をコントロールするという研究をしていました。プラズマはわかりやすく言うとバチバチしているガスです(こう言ってしまうと、大先生方にはおこられそうですが)。培養している細胞は液体の中に入っているので、そのバチバチしているプラズマのガス粒子は、細胞に届く前に先に液体にぶつかります。最初はすごくバチバチして生きの良かったプラズマ粒子が、いろいろな液体分子と衝突して進むことで、実際に細胞に届く頃には、元気がなくなってしまったり、性質が変わってしまったり、というようなことが起こってしまいます。最終的には細胞に到達して、プラズマの効果が出ていそうだと思っても、どういうメカニズムでその反応が起こっているのかを考えるにはわかりにくかったんですね。そこで、液体を通らずに直接細胞にプラズマをあてるにはどうしたらよいのかということを考えました。そして、マイクロデバイスの加工技術とプラズマ技術を組み合わせればできそうだというアイデアを思いつき、挑戦的萌芽研究を獲得して進めたのが、一連の私の研究の始まりになります。

 

その後の挑戦的研究(萌芽)では、そこから少し発展して、プラズマで細胞の表面に穴のようなものを開けて、その穴を利用して細胞の中に遺伝子を送り込むようなマイクロデバイスを作ることを目指しました。プラズマで開けた穴を利用して、細胞に効率よく遺伝子を導入することで遺伝子がうまく発現すれば、いろいろな分野に応用が可能です。そのマイクロデバイスを作りました。基本原理をしっかり提示できたので、ある程度応用展開の可能性を示せたと思います。

 

基盤研究(B)では、今までの知見をベースとして、メカニズムの解明を中心に取り組みました。プラズマをあてることで細胞に変化が生じるけれど、それは一体プラズマの何が細胞に影響を及ぼしているのかというあたりですね。プラズマの光の影響なのか、バチバチした電気の影響なのか、プラズマが大気中の酸素・窒素と反応すると、活性酸素・活性窒素が発生するので、そういった化学的なものの影響なのか、ひょっとしたら単独ではなくそれらの組み合わせの影響なのか、そういうことを考えるのは、シンプルにサイエンスとしておもしろいですね。プラズマの持っているいろいろな要素をそれぞれ個別に細胞に加えて反応を見るということは、今まで誰もやってきていなかったので、マイクロデバイス技術を使ってやってみようと思いました。

 

 

何か残る仕事がしたい

この研究の難しいところはなんですか

プラズマ、それ自体が複雑なところでしょうか。複雑な構造をしているものを複雑な状態のまま生体試料にあてているので、何がどう影響しているのかをずばっと言うのが難しいですね。「プラズマとは何なのか」を答えるのも難しいと思います。でも、それがプラズマの魅力につながっていて、いろいろな分野の研究者が参入してくる理由だと思います。

 

プラズマにあたると良くないことも起こるんでしょうか

それはそうですね。細胞の活動をコントロールするということは、外部からプラズマの刺激というストレスを加えるということです。少しのストレスには負けずに大きくなったりするのですが、あまり過度なストレスを与えてしまうと最終的には死んでしまったりします。適切な刺激の強さを探して細胞をコントロールするところにおもしろみを感じます。人を鍛えるときと同じかもしれません(笑)。

 

いつ研究者になろうと思いましたか

修士課程が終わって、博士課程に進むときに「ただの人で終わるのはイヤだな。何か残るような仕事がしたいな」と思っていたのは覚えていますね。

 

私は元々は飛行機やロケットとかが好きで、機械工学を専攻していました。修士課程・博士課程の研究室も機械系ではあったのですが、運良くプラズマやマイクロデバイスの基礎的な部分を学ぶことが可能でした。その後、民間企業の研究所で、バイオ分子を使った電子デバイスの開発というプロジェクトに携わりました。そのプロジェクトには、デバイス専門の研究者もいれば、バイオ専門の研究者もいて、本当にいろいろなところからいろいろな人が来ていました。とても大変でしたけど、今も彼らとは研究でつながっているので、非常に良い経験だったと思っています。そこで3年間がんばったことで研究者人生も好転したと思っています。

 

 

相手のフィールドに入っていって実際に手を動かすと融合研究が進む

「分野融合」や「総合知」などが求められて久しいですが、難しさも指摘されています

お互いの専門用語が全然違うということももちろんありますが、お互いをいかに許容できるかに尽きると思いますね。先程のプロジェクトではチームリーダーの懐が深くて、いろんなところからいろんな研究者を集めて、一斉に進めていくことを良しとしたんですよね。それがすごかったなと思っています。そういう経験やマインドを持っている人がチームリーダーだったことは大きかったと思っています。

 

研究が上手くいかないときって、チームとして集まっていても、自分のフィールドはここまでで、これ以降は任せるといった線引きがあるんじゃないかなと思います。共同研究というより、サンプルの受け渡しみたいになってしまう。それも共同研究の1つのやり方だと思いますが、しっかり融合研究を進めようと思ったら、まず自分から相手のフィールドに入っていって、実際に手を動かすということまでやってみる必要があると思います。

 

日本では元々の専門がずっとその人の専門だと周りが思い込んでしまうところがあって、自分でもそうやって足枷(あしかせ)をかけてしまうところがあると思います。研究者になってから深く学んだ内容を専門と言ってもいいはずなのに。私はプラズマやマイクロデバイスをベースにして、バイオ分野に参入しようとしているので、細胞培養などでは、実際に自分の手を動かしています。逆に共同研究しているバイオ分野の研究者は、私が持っているプラズマの装置を使って実験して成果を出しています。チームを作ることだけに留まらずに、そうやってお互い手を動かしていると、融合研究が進むのではないかなと思います。たとえば私はiPS細胞にプラズマをあてるとどうなるかという共同研究をしているんですが、最初にアイデアを話したときに、バイオ分野の研究者が「それはおもしろいね」と言ってやってくれるんですよね。だから、融合研究を広めるには心を広く持ちながら、いろいろなことに興味を持って、あとは実際にやる、そしていろいろな分野に知り合いを増やすということですね。

 

どんな方法で知り合いを増やすのですか

これはがんばりました。先程お話したバイオ分子を使った電子デバイス開発のプロジェクトでは、「テクニカルビジット」の重要性を学びました。いろんな研究機関を訪問して、実験装置をみたり、自分の研究をセミナー形式で発表させてもらったりしました。これは、昔で言う、道場破りみたいな感じですかね。「私はこんな研究をしていますが、いかがでしょう?興味を持っていただけるようでしたら、発表もできます」と言って、アポイントを取る。そんなことをやっているとだんだん自信もついてきて、研究者として大きく成長できた経験ですね。

 

このテクニカルビジットですが、5年10年先に共同研究者になるかもしれないと思って、たくさん訪問していました。今、そのときにディスカッションした方々と共同で申請書を書いて、研究を一緒に進めています。ディスカッションで出てきたアイデアをもとに科研費に採択されたこともあります。その研究は応用物理学会で論文賞を取るまでになりました。

 

他にも学会で共同研究者を見つけるというのがあります。共同研究者とつながるといった方が適切かもしれませんが。ずいぶん前になりますが、海外の国際学会での私の発表が終わって、私のところにやってきた座長に突然「一緒にやりましょう!」と言われたことがあります。そのときは「この人、大丈夫かなぁ?」と思ったので、彼の研究活動の状況を調べました。大丈夫そうだったので、共同研究することにしました。距離的にとても遠かったんですが、先方の大学まで行って実験をして、ディスカッションを重ね、論文発表までやり遂げました。これからは、共同研究者と協力しながら、新たな研究の潮流をつくりだせたら良いなと思っています。

 

 

いつもウキウキしながら申請書を書いている

科研費は申請して当たり前の感覚でしょうか

そうですね。申請しない人の申請枠がもらえるなら欲しいくらいですね!(笑)。でも申請枠はもらえませんね。共同研究者としてコラボするなら貢献できるかもしれませんが。自分のやりたい研究テーマがあって、それを進めるためにはやっぱり研究費が必要ですよね。研究費を自分で獲得して進めるというのは、研究者のあるべき姿かなとは思います。

 

挑戦的研究(萌芽)の後に基盤研究(B)に申請されていますよね

はい、基盤研究(B)に申請したのは、研究の規模的な側面もありますが、チャレンジしたいという気持ちが強かったというのもあります。申請にあたってはいろいろと分析して工夫しました。まずは何をやりたいかということをしっかりまとめる、そしてちゃんと筋の通ったことを書く、最後に申請する分野を適切に選ぶのがポイントですね。

 

申請書を書くのは大変ですか

大変ですけど、楽しいですね。いつもウキウキして書いています。ちゃんと筋の通った申請書を書くことができれば、採択されると考えています。ロジックがスッと流れるように書く、審査員を納得させて、安心させて、推してもらえるようにするサイエンスと思うと良いかもしれません。

 

あと、よく大学の先生が「科研費が当たった、ハズれた」というのを耳にすることがあります。私も若手のとき、照れみたいなところから「当たった」と言っていたことがありますが、ある時「当たった。じゃなくて、獲得した。だよ」と言われて、ハッとしたことがあります。クジみたいに言う段階から離れて、採択や不採択にはやっぱり理由があるので、それを考えて、申請書を作成することが大切だと思います。

 

申請書を練っていくときには、本学の科研費アドバイザー制度を利用しています。的確なアドバイスをいただけていますね。第三者の視点というのは大事で、専門の離れた人にもわかってもらえるかどうかは重要です。もちろん、研究テーマの雰囲気がわかっている方にアドバイスをもらうことができれば、より効果的なように思います。

 

ほかには、科研費などの申請に関連する説明会には出るようにしています。特に事業担当の方が来られるときは、チャンスだと思っています。必ず参加して、常日頃思っていることを質問するようにしています。回答の中から何かしらのヒントをつかみ取り、自分の申請に生かすように心がけています。

 

科研費は不採択の時にフィードバックがあるので、言いたいことが伝わっていないなと感じたら、伝え方を変える工夫をしますし、申請する分野自体を変えるということもしますね。基盤研究(B)は採択までに時間がかかりましたが、途中で分野を変更しました。採択されるためにいろいろと分析しています。採択されたときには、とても嬉しかったのを覚えていますし、研究者として認められたのかなと、自信になりました。

 

今は、いろんな研究助成の情報を集め、大型の研究費の獲得を目指しています。名城大学では学内研究費のサポートが手厚いので、大変ありがたいです。研究のベースを確保し、研究成果をあげ、次の申請につなげることができています。採択にいたるまで容易ではないですが、今は覚悟を決めてやっています。最近では、竹内哲也教授(理工学部・材料機能工学科)が基盤研究(S)に採択されたことは非常に刺激になりましたし、勇気をもらえました。

 

 

サイエンスのおもしろいところを明らかにしたい

私たちの生活にはどんな恩恵がありそうですか

細胞にプラズマをあてて遺伝子を導入するという話をしましたが、再生医療の最先端をいくiPS細胞は、細胞の中に4つの遺伝子を導入して創り出します。きっちり同じ量の遺伝子を確実に導入することが求められているので、たくさんの細胞に同時に同量の遺伝子を導入するマイクロデバイスを作りたいと思っています。さらにその発展として、プラズマの刺激そのもので細胞を変身させることができたらいいなとも考えています。大きな目標ですが、一歩ずつ進んでいけたらと考えています。

 

これまでに、iPS細胞にプラズマをあてて、反応を研究したことがあります。その成果として、プラズマの刺激で、心臓の筋肉を動かす心筋細胞に変身しやすくなる際にはたらく遺伝子群が多く発現するという内容の論文を発表しました(https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2022.e12009)。いいところまできたので、今後さらに発展させていきたいと思っています。

 

実際に人に移植できるような心筋細胞を作ろうと思ったら、心筋細胞は1億個、10億個必要と言われています。そのベースとなるiPS細胞も多くの数が必要です。そうなると、均質な細胞をたくさん作れる手段が非常に重要になってくるのですが、先程のマイクロデバイス技術を使えばできそうだと思っています。また、プラズマ技術とマイクロデバイス技術とを融合すれば、細胞の成熟スピードを速めることで準備にかかる時間を短縮することができ、コストダウンにもつなげられるのではないかと思って研究をしています。

 

一方で、今の日本の研究は社会実装や応用に重きが置かれています。もちろんこれらのことはとても大事だと思いますが、個人的には「サイエンスのおもしろいところを明らかにしたい」という気持ちも強いので、生命に関する研究というのはその思いも叶えてくれると思っています。

 

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