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研究成果トピックス-科研費-

身体の動きやカタチから「知」が生じるというロボットの設計論

池本有助(理工学部・機械工学科・准教授)

公開日時:2024.02.20
カテゴリ: 身体性 ロボティクス ソフトロボット テンセグリティ 自動分散システム 制御工学

研究情報

期間

2016~2018年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

16K00361

課題名

運動に宿る身体表現仮説のロボットによる検証

期間

2019~2022年度

種目

基盤研究(B)

課題/領域番号

19H02118

課題名

テンセグリティロボットを用いた生物の射出運動生成機構の理解

期間

2023~2026年度

種目

基盤研究(B)

課題/領域番号

23H03480

課題名

共鳴モード場に基づくテンセグリティ・水中ロボットの身体設計諭の確立

取材日 2023-12-22

バイオ・インスパイアード・ロボティクス(生物のような動きをするロボット)を用いて、身体と環境との相互作用による新しい機構の構築を目指している、理工学部・機械工学科の池本有助准教授にお話を聞きました。

 

ロボットの身体に宿る「機能」や「知」を追い求めて

ご専門の話を聞かせてください

簡単に言うと、ロボットに関する研究ということになるんですが、ロボットに関する研究と言ってもとても幅広いので、そのなかでも特にロボットの身体に宿るような「機能」や「知」を探求しようというような研究分野になります。

 

まず、科研費のテーマにもある「身体性」についてお話したいのですが、「身体性」という言葉は、必ずしも目に見える身体という意味だけではありません。これは元々は哲学から生まれた言葉らしいのですが、英語ではEmbodimentと言います。「身体性」というのは非常に抽象的で、研究者のなかでも捉え方がさまざまです。生命体やそれに類するものがあって、それが動いたり知的な振る舞いを起こしたりするときには、身体がないとついていけませんよね。そして同時に身体があるとそこには制約が生じます。

 

たとえば、車はタイヤが4つ付いていますが、ステアリングのことは一旦考えないでおくと、まっすぐ前と後ろにしか走れないということになります。「前後にしか走らない」というボディの制約があるからこそ、すごく近い距離でもすれ違うことが可能です。即座に横にスライドすることができない、つまり制御理論でいうところの可制御性がそこにはないということです。こういった身体が持つ制約そのものがぎりぎりのすれ違いを可能とする機能や、それを良しとする知能を生み出している、ということを「身体性」と呼ぶことがあります。

 

また、言葉の研究者が「身体性」を用いることもあります。たとえば、未知の液体を『お茶だ』と表現してしまうと、もうそれはお茶でしかなくなってしまいます。でも、本当はお茶じゃないかもしれない。この場合、言葉は目に見えるものやにおいなどに関して、お茶ですよと制約を与える「なにか」ということになります。こういったものをひっくるめて「身体性」と呼ぶことがあります。

 

ほかにも、心と身体の方に目を向けて、心に対して身体があると考えると、生活している環境と心をつなぐもの、媒介するものを身体だと捉えて、外側の世界と相互作用したり、言葉、触覚や味覚などの感覚や筋肉を通じた運動量などで外側に伝えたりする、ということも「身体性」と呼ぶことがあります。そういった色々な考え方や捉え方ができる抽象的な言葉をテーマにしています。

 

私の研究はもう少し見てわかりやすいカタチで、いわゆるロボットの身体を設計したい、動物で最適化されている身体の仕組みを使って、どんな風に身体をつくり出していけば良いのか、またはつくり出すようなシステムを考えていけば良いのかということを考えています。

 

「虫」や「動物」がたくさん登場しますが、ロボットの研究においてはメジャーなことなのでしょうか

はい、いわゆる生物模倣型の機械を扱う、バイオ・インスパイアード・ロボティクスという分野があります。たとえば、ドローンの羽はモーターにくっついているので回せば飛ぶんですが、なるべくエネルギー効率を上げようとすると、ハネの形状はだいたいある一定の形に決まってきます。ただ、その形だと風切り音が非常に大きくなってしまうんです。それを解決するために、流体力学や工学的なアプローチを使って、羽を設計しようと考える方法もあります。一方、バイオ・インスパイアード・ロボティクスでは、タカが獲物を捕らえる時に、狙った獲物に気づかれないように羽の形状を少し変えて風切り音をなくすことに注目して、その羽を模倣することを考えます。馬の歩き方をひたすら研究して、筋骨格まで模倣したナチュラルに動くロボットを作るというのもこの分野ですね。

 

 

 

何が起こっているのかわからないと気になって仕方ない

子供の頃からロボットが好きだったのですか

そうですね。雑ですが、作ることが好きでした。作ったり改造したりすることが好きで、最初にハマったのはミニ四駆ですね。小学校の時は、原形がなくなるくらい削ったり穴を開けたりして改造していました。そんなに高度なことではないんですけど、真ん中で切ったミニ四駆を2体つなげてモーターを2個にして動かすなんてこともしていました。

 

モーターやあらゆる機械がどんどんスマートになってパッケージ化されてしまうと、中身の仕組みがわからないので、それがどうしても気になってしまいます。気になってしまうと、ロボットに実装しようとする気が起こらない。だからいろいろなものを解体して、仕組みが把握できたら、自分で制御系を組んで動かすということをしています。おもちゃみたいなものですが、自分で作ると費用があまりかからないので、ここ10年ほどはそんなことをしていますね。最近よく耳にする「IoTデバイス」の技術発展は、QOL(クオリティ・オブ・ライフ/生活の質)を確実に上げてくれたと思いますが、デバイス自体がどんな構造をしていて、どんな働きをしているかということを理解している人は少ないと思います。ボタンを押したら自動的に洗濯物を洗ってくれるというだけでは、故障したときに何が起こっているかわからないし、それだと気持ち悪いので自分で調べてみよう!となります。ここにある、超音波で髪がさらさらになるという100均で買ったヘアブラシも、どういう構造なのか気になって分解してみました。そうか、これのことを超音波と言っているのかと納得したり、学生にも意外と単純な構造だよねと言って見せたりします。

 

それを追究した先に研究者への道があったのですか

博士課程の学生だった時に、少し時間に余裕が持てたことがあって、ひたすらいろいろな本を読みました。ロボットに限らず、数学や化学、生物に関わる本や、全然理解できなかったけど哲学の本なんかも読みました。とにかく興味を持ったものを片っ端から読んでいましたね。単に探究心からの行動だったのですが、そこでやっぱり私の興味は現象論的な研究よりも、知能や動物の生命などの成り立ちにあるなと実感しました。でも私の専門は生物学ではなくて機械工学だったので、機械工学を通して見た生物のメカニズムについて考えることにしました。生物は、知れば知るほど機械的な部分が見つかったり、言葉で表せないような現象が生命で起きていたりするので、それはどういうことなんだろう、どうなっているんだろうという風にどんどん掘り下げていくということをしていました。その時に生物のような振る舞いをするロボットを作りたいなと思ったのが、研究者になろうと思ったきっかけでしょうね。

 

身体があるから運動ができるのではなく、運動が身体を表現していくという発想

科研費の研究について教えてください

「運動に宿る身体表現仮説のロボットによる検証(2016-2018)」の話をすると、そもそも「運動」というのは、ロボットでいうと動くことですよね。身体があるから運動ができると普通は考えますよね。もし身体がなくて脳だけあったとしたら、動くことができるでしょうか。確かに脳の中で電気的な活動はするでしょうけど、身体がないんだから運動なんてできないだろうと思うじゃないですか。ロボットは身体があるから運動ができると通常は考えますよね。この研究は逆なんです。置かれた環境のなかで動きという力学があって、身体が表現されていく、構造化していく、という逆の発想というか、そういったものを目指していました。うーん、そうですね、ロボットのからだつきの性質を「身体性」と呼んでも間違ってはいないんですけど、ここでは、ロボットの動きと環境の間にある媒体が構造化し、からだとして具現化されているという意味で、「身体性」にアプローチしました。

 

身体のカタチを認識できていない段階で、自分自身がどんなからだつきなのかを、どうすれば知ることができるのかを考えてみると、運動して初めてわかることなんじゃないかと思いました。たとえば、お腹の中にいるときに赤ちゃんがなぜ動くのかは、ちゃんと解明されてはいないのですが、身体に自由に力を加えたときに、なにかモノが当たった感覚が返ってくるということを繰り返していくなかで、初めて自分の身体を認識していくという過程をたどっていると言われています。

 

「制御理論」では、制御の対象となるモデル(標準・基準となるもの)があって、初めて制御システムの構築が可能になります。ということは、身体を制御するためには、自分自身が身体を完全に知っていないといけない。筋肉や感覚、神経がいっぱいある自由度の高い身体というものを完全に把握することなんて可能でしょうか。難しいですよね。だから、身体を認識してから動くのではなく、動いてから認識するのだろうと。そういったロボットの「身体性」がどんな風に表現されていくのかということを知りたかったんです。

 

具体的にはどんなことをするんですか

馬は歩くスピードによって、「ペース」「ウォーク」「トロット」「ギャロップ」というように歩き方が大きく変わります。馬はこういった歩き方や走り方を潜在的に知っているのか、それともどこかで学習するのかという疑問を持ちました。その馬の歩き方を再現するために、四足歩行ロボットにトレッドミルというベルトコンベアのようなところをひたすら歩かせました。

 

 

最初は、対角線上に右前足と左後足を同時に動かす「トロット」という歩き方のデータを取りました。そのデータは、床から返ってくる反応、各関節の角度・角速度・加速度、電流値、回転方向の角速度など、多岐に渡ります。それらのデータは、ただの数字がならんでいるだけのように見えるのですが、ロボットは身体をベルトコンベアに押し付けながら歩いているので、ここには規則性があります。たとえば、前脚をベルトコンベアに振り落とすと、つま先のセンサーが発動します。そういったデータをニューラルネットワークという学習器にかけると、運動の特徴量が算出されます。この一つひとつの特徴的な運動を運動モジュールと呼ぶこととします。そうすると、「トロット」のなかにも、右左それぞれの足がそろう「ベース」という歩き方が含まれていたり、前足と後足がそろう「ギャロップ」の動きが含まれていたりすることがわかりました。

 

この実験によって、1つの歩き方には複数の歩き方、つまり複数の運動モジュールが潜在的に含まれていることがわかりました。逆に言うと、ほかの3つの運動モジュールを足し算すると、ウォークという歩き方になっていることがわかってきました。このように、データ自体をそれぞれのモジュールで分割してみることで、それぞれの歩き方が1つ1つのモジュール、いわゆるレゴブロックのように考えると、運動というのは、このレゴブロックを組み合わせることによって、別の運動を生成している、つまり、それぞれのモジュールをつなげたり切ったりすることによって、さまざまな別の運動ができるようになっている、ということをそのロボットはみせたんです。

 

基本的に今のAIは一度経験して正解のデータがなければ学習することができませんし、すでに取った行動が正解なのか不正解なのかを外部から入力する必要があります。やはりここでも最初に経験が必要になるわけです。でも、たとえば、1,000回連続でテストして初めてバットにボールが当てられるようになるという条件があったとして、1,000回も実験するとロボットは壊れる可能性が高くなります。絶対壊れないロボットはないので、運動の切り替えやまったくの未経験な運動はどのように生じるのかというところに焦点をあてれば、もっと運動の新奇性を深く探究することができるのではと考えて行った実験でした。ワンバウンドのボールをセンター前ヒットにする選手は、日頃ワンバウンドをヒットする練習をしているのか、そうでないなら、何を体得してヒットにしているのか、ということを、ここでは「身体性」という切り口でアプローチしました。

 

「共鳴モード場に基づくテンセグリティ・水中ロボットの身体設計諭の確立(2023-2026)」では、AIのような知能が先にあって、その後に動いたりカタチ作られたりするということではなく、動きがあって、それからカタチがあって、そこから「知」が生じるんじゃないかという考えを持って進めています。知能じゃなくて「知」ですね。インテリジェンスは人が設計するもの、という考え方で、動きとカタチを誰かが『それは知的なふるまいだね』と観るものなんですね。この研究では、動きとカタチを工夫して「知」を獲得するという考え方ではなくて、環境との相互作用のなかで生じるものだと考えます。難しいですね。ただ言い換えているだけかもしれませんが・・。

 

 

たとえば、魚のカタチをしたロボットを作る場合、粘性の高い泥水の中で動かそうとしたら、動き方やカタチは普通の水中とは違うものにする必要があります。ということは、ロボットを設計する際には、まずは環境との触れ合いを第一に考える必要があって、この場合は流体力学との相互作用のなかで考える必要があります。これまでのロボット制御では、あらかじめ最適な動きを計算で求めてから、その通りに動かせるかどうかを試す、という方法が主流でした。でもこれだと、ひとたび液体の粘性が変わると、制御方法も変える必要があり、一からやり直しになってしまいます。こうした事前設計でロボットを動かすことを一旦止めて、環境との相互作用、つまりここで言う魚のヒレと液体が力を及ぼし合い、動きとカタチが自発的に生じてくるものとしての箱を作りたいと思っています。

 

テーマ名にある「水中ロボット」を作ることは、研究終了後の副産物であって、本当にやりたいことは、動きとカタチによって生じる「知」を探求したいというところになります。そうしないと、いつまで経ってもAIはヒトが管理しないといけなくなります。つまり、AIの出した答えに対して正誤判定して、AIにアメとムチを与え続けないといけないということです。環境と触れ合いながら、動きとカタチに宿った「知」が勝手に生じてくるという考え方を、たった1つのロボットの例でも良いので実現することで、相互作用によって決まるロボットの動きとカタチの合理的な決め方を確立したいというのが、根底にある研究目的です。

 

そして、動きとカタチを考えるときに、この棒と輪ゴムだけでできたテンセグリティ・ロボットが使えるのではないかと。AIではニューラルネットワークを頻繁に使いますが、このテンセグリティも輪ゴムのネットワークで剛体(外力による変形がとても少ない物体)が閉じ込められています。ですので、両者は似たような方法で数学できるのではないかという期待があります。テンセグリティ構造体で、ロボットの動きとカタチを探求することが、ここでの研究の入口や出口になると考えています。

 

 

ノートとペンを片手に、常に研究のことを考えている

科研費の申請についてはいかがですか

申請書を書き始めるのはかなり遅い方だという自覚がありますが、研究内容については一年中考えていますね。ずっと考えているなかで、申請書を書く際におもしろそうだからこれをやってみようと思ったことをアウトプットしている感じです。

 

たくさんのノートと使い切ったペンがありますね

極論を言うと、研究は紙と鉛筆だけでできると信じています。もし研究費が一切なかったとしても、紙と鉛筆があれば、研究は進めなければならないというのが私のスタンスです。日々思いついたことを必ずネタ帳に書いています。学生の時からずっと同じノートと同じペンを使っています。ノートはもちろん、使用済みのペンもいつからか残すようになりました。ノートだけでなく、やりたいことが浮かんでも、時間が経つと忘れてしまう方なので、常に目に見える形で置いてあります。だから、他人から見ると部屋が乱雑になってしまうんですけどね。自分では片づける必要を感じていないというのが正直なところです。ノートに書いていても完全に忘れることがあるので、時々読み返しています。

 

 

申請書の書き方で工夫されている点はありますか

やりたいことをストレートに言葉にするというより、読んでいる人が、申請者はきっとこんなことを考えているんだろうなと思いながら、ワクワクして読んでくれるようなものが、目指す申請書ですね。審査する側もきちんと時間をかけて読んで丁寧に評価してくださっているので、途中でつまらなくならないように、核心部分はちょっとオブラートに包んでみたりもします。同じようなストーリーを考えている研究者はたくさんいらっしゃいますから。逆にどうやってそれをやろうとしているのか、という方法論の部分では、オリジナリティをふんだんに入れて、徹底的にくわしく書くように心がけています。他の研究者とはここのアプローチが違うんだという独自性に重きを置いています。ちゃんと工夫になっているか心配ですが。

 

科研費によって、いろいろな挑戦ができるようになりますし、60分かかる計算プログラムを5分に短縮することもできます。ただ、それ以前に個人的には、研究はやはり孤独なことが多いので、採択されると誰かに背中を押してもらったと感じて、それが一番うれしいことです。その次に来るのは責任感。投資をしてもらったからには研究を成し遂げないといけないという責任を全うしなければ、と思います。

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