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長期的に環境やサステナビリティの課題に取り組むためには
東田明(経営学部・国際経営学科・教授)
- 公開日時:2022.12.06
- カテゴリ: サステナビリティマネジメントコントロールシステム 正統性 パラドックス 価値システム 環境マネジメントコントロール
研究情報
期間 |
2016~2019年度 |
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種目 |
基盤研究(C) |
課題/領域番号 |
16K04017 |
課題名 |
環境経営意思決定手法と業績評価の連携構築に関する研究 |
期間 |
2021~2023年度 |
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種目 |
基盤研究(C) |
課題/領域番号 |
21K01799 |
課題名 |
サステナビリティ経営のためのマネジメントコントロールシステムの究明 |
取材日 | 2022-10-28 |
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企業が自ら取り組んでいる「環境保全活動に関する費用と効果」を数量化することで、企業の環境経営に関する意思決定を支援する会計手法である『環境会計』について研究されている経営学部・国際経営学科の東田明教授にお話を聞きました。
環境と経済に同時に取り組むと矛盾が出てくる
科研費の研究内容を教えてください
現在、企業が環境問題に取り組まなければいけないという風潮や社会的ルールによる圧力は確実に高まっています。ただ、環境問題と言っても、二酸化炭素や廃棄物、有害化学物質、生物多様性などに対して、すべて等しく会社の資源を割くわけにはいきません。それは環境問題だけにとどまらず、最近で言うと人権・貧困・労働環境・男女平等など様々なことに取り組まないといけないなかで、そういった多様な要求に対してどう応えていくのかという難しさが企業の問題として1つあります。
もう1つの問題として言えるのは、今取り組んでいることに対してすぐに結果が出るわけではないということです。典型的なものとして「温暖化」がそれに当たりますね。一方で、日本政府がパリ協定に基づいて宣言した「2050年カーボンニュートラル」を達成するため、10年単位の目標、場合によっては30年先の目標を立てている企業があります。そういった長期的なマネジメントをどうやって実現するのか、つまり、短期的に会社に求められていることと長期的に求められていることは一致しない可能性があるんです。2050年にカーボンニュートラルを達成するために、近々の利益は犠牲にしてよいのかと言うと、当然株主は怒りますよね。そう考えると、サステナビリティやESGと言われるような問題と、それに相反するもの、必ずしも簡単には両立しないもの、に同時に取り組まないといけないところにマネジメントの難しさがあります。
1990年代終わりから2000年代にかけて、研究者や一部の先進的な企業のリーダーからは、環境と経済の問題は両立するんだという声があがっていました。つまり、環境問題に取り組めば、コストは減るし、新しい技術も生まれる、そうやってブランディングすることによって会社の収益が上がっていく、環境と経済の問題の両方に取り組むことは、会社にとってWin-Winだと言われていました。もし両立しなくても、それを目指していこうというのが社会的な常識でした。
ただ、多くの会社がそのWin-Winを実現できるのかというと必ずしもそうではありません。Win-Winを実現するためには、ある程度長期的な取り組みが必要です。ゴールにたどり着くまでに5年かかるとして、その間にWin-Winの状況にならない場面に何度も遭遇するわけです。それをどうやってクリアしていくかを考えないといけません。
反対に、短期的にはステイクホルダーの要求に応えることができても、長期的には社会の企業に対する要求レベルは高まっていきます。また、企業の経営者が代わったり、マネジメントの仕組みが変わったりすることで、長期的にWin-Winを実現することが難しくなることもあります。環境問題を含むサステナビリティ課題に長期的に取り組むためには、企業は様々な矛盾に直面するかもしれないと認識したうえで、長期的に取り組まないといけない。日々の経営実践のなかでそういった矛盾したものに直面した時に、それらに対してどう対応するのかということを考えないと、長期的に環境問題やほかのサステナビリティの課題に向かって、持続した取り組みが難しくなってしまうということがようやく近年言われるようになってきました。
パリ協定やSDGsの関係で、長期的な目標設定が企業に求められており、2000年以降、研究者もそういった企業の活動を長期的に観察することが可能になりました。そのなかで、一生懸命取り組んでいる企業でも成功に向かって直線的に進んでいくのではなく、困難に直面することもあるし、場合によっては取り組みに対して高い評価を受けている企業でさえも、途中でトーンダウンしてしまうことがあるとわかってきました。
環境に関する取り組み、社会的課題に関する取り組みをするということと、既存の利益を上げるための経済活動のなかでは、必ずしもいつもWin-Winの状況ではなく、矛盾するような状況が生じることがあります。そのときに、その矛盾するものに「臭いものに蓋をする」がごとく蓋をして見えなくするのではなく、矛盾するものに向き合っていかないと、長期的な環境やサステナビリティの目標達成は難しいのではないか、ということを科研費で研究しています。
研究の進捗はいかがですか
アンケートを実施して学会報告を複数回行ったという段階ですが、事前に想定していたような結果が出始めています。我々がパラドックスと呼んでいる矛盾する困難な課題を認識している企業ほど、マネジメント上の取り組みとして、自社にとって環境問題はどういった問題なのか、自分たちがそれに向かってどう取り組んでいくのかという理念や方針を検討して社内で共有しています。そういったことを重視する企業の方が、矛盾するような状況に実際に直面した時に比較的スムーズな対応をとることができています。逆に理念はあるものの、形式的に設定されているだけだったり、社内での共有が十分でなかったりすると、矛盾するような状況に直面した時にそれ以上取り組みを進められず成果が出なくなってしまいます。長期的に環境問題に取り組むうえで矛盾する状況に直面した時に、その状況をどう乗り越えていくのか。その際のマネジメントのあり方や仕組みを考えることが研究課題の1つです。
環境に関する取り組みを企業のなかで維持することの難しさとしては、どれだけ企業をあげて熱心に取り組んでいたとしても、経営者や担当者が代わるとトーンダウンしてしまうことがよくあるということです。また、どれだけ環境問題がその会社の本業にとって重要なのか、ということも大事です。短期的にうまくいくように見えても、2、3年経ってその効果が持続しなくなってきたり、外部からの要求に変化があったりすると、様々な矛盾が社内で生じるわけです。そうなるとその取り組みはもちろんトーンダウンしてしまう。こういった状況が普通になってしまうと、2050年に向けての目標達成なんて到底無理ですよね。なので、繰り返しになりますが、長期的に環境問題やサステナビリティの課題に取り組むためにどうしたらいいのか、ということを考えています。
日本企業は経営理念を作成するときに、自企業の社会における立ち位置がどこで、自企業の製品・サービスが社会的な課題解決にどう貢献するかまでは考えていないことがほとんどだと思います。そこまで考えて会社のパーパス(目的)を設定するべきだということが、アメリカやヨーロッパでは議論されていて、日本企業もそういった形で経営理念を発展させていくことになると思います。
企業は本業を通じて社会貢献を強く求められている
そもそも環境会計について研究するきっかけはありましたか
私はずっとこのテーマで研究をしているのですが、学部生の時から環境問題について関心がありました。経営学部だったので、環境問題をビジネスの問題として捉えたいと考えました。環境会計は基本的に企業が環境問題に取り組んでいくときに、社内で最も重要な情報である会計情報と環境情報を連携させることができれば、企業の環境経営における意思決定を促進できるだろうという考えです。
一方で、企業は本業を通じて環境問題やサステナビリティに取り組むことを強く求められています。本業を通じて戦略的に環境問題やサステナビリティの課題への取り組みを実現していくうえで、どういったマネジメントの仕組みやツールが役立つのかについて環境会計を中心に研究しています。
環境問題にはずっと関心があったのですか
何か特別なきっかけがあるというわけではないですが、学生の頃から関心は持っていましたね。私が京都の大学に通っていた1997年に、温暖化についての初の国際条約である「京都議定書」が採択されたCOP3が京都で開かれました。その関係で連日新聞に温暖化に関する記事が掲載されていて、それを読んでいたことがきっかけの1つかもしれません。もっとさかのぼれば、子供の頃、夏休みに両親の田舎に行って、山の中で虫取りをしたり、畑で遊んだりしたという原体験が多かれ少なかれ影響しているのかもしれないですね。
自分の研究がどう評価されるのかを確認したい
科研費についてのお考えを聞かせてください
応募して当たり前の感覚ですね。学内の教員研究費だけで研究をしようとすると、年間で論文を1本書いて国内学会に1度出席する程度に留まってしまうので、社会や文部科学省から求められているようにグローバルな研究活動を目指すならば、科研費は必須だと思っています。
それ以外のメリットとなると、一番大きいのは自分の研究のレベルを確認できるということでしょうか。自分の研究が同じコミュニティの人からどう評価されるのかを確認するために申請しているようなところもあります。もちろん、申請書を作成するプロセスで、自分の計画のどんなところに欠点があるのかわかってくるということもあります。
申請書では、研究の価値をどううまく伝えるのかが一番大事だと思っています。研究の目的や実現可能性、研究がうまくいった場合に企業や社会に対してどんな貢献をもたらすのか、最近であれば、どれだけグローバルに貢献できるのかを伝えるように工夫しています。
科研費とは少し話がそれますが、2、3年前に英語で論文を書いて出版したことで、海外のジャーナルから論文の査読依頼が来るようになりました。仕事として負担が増えるのは事実ですが、優劣問わず最新の論文に触れることによって、最新のトピックのフォローができたり、自らの研究を促進していくことになったり、利点が多くあります。日本語にしろ英語にしろ何か書かないことには、周りのコミュニティとのつながりが増えていかないと実感しました。コミュニティを意識して研究するというのはすごく大事になってきていると思います。資金獲得という面でも研究者同士のつながりが重要視されていますし、社会貢献という視点からもコミュニティとの結びつきが強く求められていると思います。
関連リンク
- researchmap
https://researchmap.jp/read0134726 - 科学研究費助成事業データベース(2016-2019)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-16K04017/ - 科学研究費助成事業データベース(2021-2023)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K01799/