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研究成果トピックス-科研費-

歩行という側面から街を作る

中村一樹(理工学部・社会基盤デザイン工学科・准教授)

公開日時:2023.01.31
カテゴリ: バーチャルリアリティ 歩行空間 360度動画 健康 余暇歩行 モールウォーキング Walkability

研究情報

期間

2019~2021年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

19K04659

課題名

歩行空間の実体験と疑似体験が歩行行動と健康感に与える影響評価

取材日 2022-12-26

都市・交通計画と都市デザインがご専門で、「都市の生活の質(City and QOL)」や「歩行空間の質(Walkable City)」といった切り口で、都市・交通システムの質の評価分析を進めていらっしゃる理工学部・社会基盤デザイン工学科の中村一樹准教授にお話を聞きました。

 

 

歩きたい、歩きやすいと感じる道とは

科研費の研究内容を教えてください

私の専門は社会基盤デザインのなかでも「都市計画」という分野で、インフラをどう使うかということを扱っていて、「作る」よりも「使う」に重きを置いています。そもそもインフラは長期的に使うものですから、時代とともに役割が変わっていくという側面があります。例えば「道路」は、高度成長期に「車」のために作られましたが、現在では、車の限界、成長の限界、燃料・資源の制約、環境の制約などが生じていますし、経済的にも車は所有しづらいものになっています。加えて、健康面でも運動不足になるなどのマイナスがフォーカスされて、インフラを「車」から「人」に戻していこうという動きが大きくなってきています。「人に戻す」を具体的に言うと、「道路」を歩行者の空間として再構築していこうという流れのことになります。

 

名古屋は車産業が盛んで、車に依存している街なので、いきなりその人たちに「歩け」と言っても難しそうですよね。そこで、歩くことに対する潜在的な人の好みを調査しています。具体的には、VR(バーチャルリアリティ)を用いて、色々な道を体験してもらい、日常とは少し違う環境における歩行の意欲がどれくらいあるのかを調査するというのがこの科研費のテーマでした。長期的にはVRの体験を通して歩くことに興味を持ってもらうという狙いがありました。

 

1年目はイオンと共同でイベントを開催しました。イオンモールは郊外型の店舗が多いので、利用者の多数を占める車ユーザーの健康を確保するビジネスの展開が試みられています。車依存の街でも買い物中はたくさん歩くので、そこをあえて健康と結び付けて、イオンモール内で健康になりましょうと、モール内でのウォーキングイベントが定期的に開催されていました。そこにVRブースを立ち上げて、実際にウォーキングイベントに参加した人や通行人を含めて歩行の意識を啓発するようなイベントを行いました。また、本学の社会連携センター協力のもと、ウォーキングの後にマッサージを提供するイベントも開催しました。VRを取り入れながら、歩行への関心を高めるための情報発信と実態調査を行ったのが1年目ですね。

 

そこで分かったのは、日常生活ではなかなか歩けない人たちが意外と高い歩行意欲を持っているということです。名古屋は車のために道が作られているので、歩いて行ける場所が少なかったり、歩いていても車が多くて危険だったり、歩いても楽しくなかったり、というようなことがよくあります。坂も多いので、高齢になるほど歩くハードルが上がります。歩くという視点で見ると、買い物する場所、特に建物内は利点が多いですよね。普段歩いていないから関心がないというわけではなく、潜在的には歩きたいと思っているが、適した場所がないというのが実態ではないか、という印象を受けました。

 

また、街づくりや都市計画という観点からすると、モールの中だけではなく、人がモールから出て周りを歩くというところまでいかないと、地域への還元に繋がりません。イオンも同様の考えを持っていたので、モールの外を歩いてもらう仕掛けを作ることを次のステップとして考えていました。

 

 

 

そこで、コロナ禍が来てしまったんですね

そうなんです。大幅なプラン変更を迫られました。コロナ禍になった時点で対面のイベントが開催できなくなってしまったため、残り2年しかないこともあり、まったく方向性の違うアプローチをすることにしました。オンラインがどんどん普及し始めているときだったので、オンラインで調査ができるシステムを作りました。具体的には、見たいところにマウスを動かすと360度見回せるような動画を参照しながら、アンケートに回答してもらうという方法です。すでに膨大な量の360度動画のデータを所持していたので、画像認識のAIを使用してその動画を体系的に分類しました。YouTubeにアップしたそれらの動画をGoogleフォームにリンクすることによって、すべてオンラインで調査を完結することができました。

 

そして、3年目は「コロナ禍」自体を利用することにしました。密を避けるために、公共交通機関の利用を控えて歩行や自転車で移動する人が増え、密を避けた手軽な健康維持としてウォーキングをする人も増えました。まったく予測していなかったところで歩行意識が高まったんです。当初は、イオンとコラボしながら、気づきを通して人々の行動がどう変わっていくのかを定期的に観察したいと考えていましたが、その代替案として「コロナ禍」を使うことにしました。人々がコロナ禍でどのように行動を変化させ、歩行に関してどれくらい意識が変わったかということに加えて、それが彼らの空間に対する意識変化と評価にどう影響しているかも調査対象としました。

 

結果として、コロナ禍で歩くようになった人々は、良い道と悪い道に対する評価の差が大きいことがわかりました。歩くことで空間への意識が高まり、空間の良し悪しを強く意識するようになったのではないかと考えています。歩くことによって空間をどう感じるか、空間によって歩きたいという欲求は左右されるか、このあたりのメカニズムや相互影響をデータとして検証することができました。歩くことを促進して習慣にするには、空間自体を作り変えなければならないということがデータとして示せたと思います。

 

 

具体的に人が歩きたいと思う道とはどんな道ですか

画像認識AIで色々な道を体系的に分類すると、「大きい道」「人が多い道」「何もない道」の大きく3つに分けることができます。「大きい道」は車が多いけれど歩道も広い道で、名古屋でいうと栄などの繁華街になります。「人が多い道」は狭いかもしれないけれどにぎわいがあるような道です。最後の「何もない道」というのは、公園に近いような遊歩道的な道です。そのなかでもっとも評価が高かったのは3つめの「何もない道」でした。

 

歩きやすいということを国際的には「ウォーカブル(Walkable)」というのですが、ウォーカブルで検索してみると、緑が多い遊歩道がたくさん出てきます。物体を検知するというやり方で画像認識AIを使用したので、自然が物体として認識されず、「何もない道」として分類されてしまっていたんです。ただ、そういった道に意外に高い評価が集まったので、よく観察してみると遊歩道や専用道が多いことに気づきました。単にモノを作ればよいのではなく、作らないことのよさ、なにもないことの重要性が見えてきました。空間整理をするうえで歩行空間の特徴的な部分だと思っています。


色々な取り組みを仕掛けられる街が発展していく、仕掛けたもの勝ち!

研究者になりたいと思ったきっかけはありましたか

私は名古屋出身ですが、大学は京都、博士課程はイギリスに滞在しました。それぞれの場所で、歩くということの基本がまったく違うと感じたんです。京都はそもそも街中が歩くようにできているし、ロンドンもかなり長い距離を無意識に歩いてしまう。一方、名古屋は戦後復興のなかで作られた街なので、歩くことに対して少し放棄したようなところがある。この違いって大きいなと思いました。そういったことを職業にすると考えた時に、ビジネスにするのは難しい。社会基盤の分野は公共のものを扱うことが多いので、自治体やコンサルへの就職が多いのですが、自分の経験を世のなかに還元していくためには、オリジナルなことができる立場にいないといけないと強く思っていたので、それはもう研究しかないだろうなというところに行きつきました。

 

実際に道を変えるとなると、とても大変ですよね。なので、簡単にできることはやってみて、今すぐにできないことは仮想空間で実験をします。現在の都市計画はそういった実験が多いですね。行政が一気に方向転換することは、たとえトップダウンでも難しいですし、ローカルで色々な取り組みを仕掛けてボトムアップしていく形が国際的にもスタンダードになってきています。たとえば、歩行空間を整備すると、「なぜ車を通さないんだ!」と最初は反対を受けることがほとんどです。でも実際やってみると「これはいい!周辺のお店に人も来る!!」と賛成が増えていきます。仕掛けたもの勝ちですね。仕掛けられる街が発展していく。その仕掛け方の1つとして、実践できないときはVRを使います。歩けない場所や人々に対して、VRなどを使って「未来はこうなったらどうですか」と仮想的に提案することによって、合意形成の材料にするというのが私のアプローチです。

 

総合大学としての強みを生かしてグループでチャレンジを

科研費についてのお考えを聞かせてください

科研費申請のタイミングは、今自分がやっていることを整理しながら、次の展開を考えることができるとても良い時間だと思っています。普段はどうしてもほかのことで忙殺されてしまいがちで、惰性ではなかなか新しいことが出てこなくなってしまうので、新しいことを考える時間を改めて持つことは必要です。新しい研究を考える上で、世の中のニーズとしてどんなものが必要か、どうすれば審査委員にそれが重要だと認識してもらえるか、などを意識しながら次の研究計画を練ることは非常に大事だと思っています。実際にそれを毎年繰り返して次の研究に反映することで、研究が進化し続けていると感じています。

 

新しい研究を考えることは、研究者として非常に本質的な部分で、自分がこの仕事をしていくうえでの一番大事な部分ではないかと思っています。研究を考え続けたり、新しい展開を仕掛けたりといった発想の引き出しを増やす意識を常々持っていないといけないし、それを吐き出すことに科研費申請を使っているような気がしています。

 


本学の科研費申請率を上げるためにはどうしたらよいと思いますか

あくまでも個人的な意見ですが、大学の教員は研究分野の違いだけでなく、研究者として優秀な人、教育者として優秀な人といったように、長所は多種多様にあると思っていて、それを認めたうえで、そういった多様な教員が組んで研究費を申請するような仕組みや仕掛けがこういった総合大学にはもっとあってもいいのではないかと思っています。本年度4月に立ち上がった「カーボンニュートラル研究推進機構」もその一端になればいいですね。グループ化して、色々な人を巻き込んだ申請を増やして、たくさんの人が何かしらかかわっていけばよい方に向かうのではないでしょうか。

 

研究者は個人商店によく例えられますが、分野横断の連携が必須になってきているので、ここで総合大学としての強みが生かせるはずです。できればそこに学生も巻き込んで、学生にもおもしろいと感じてもらえれば、自然にその活動が万人にとってよいものになっていくような気がします。学生が研究は必ずしもしんどいことや嫌なことではなく、やりがいがあって楽しいことだと感じることができれば、研究が「負」ではなく「正」なものとして受け取られるようになるし、その活躍は周囲にもよい影響を与えると思います。

 

科研費というのは、誤解を恐れずに言うなら、ある意味失敗できる研究費というイメージがあって、ほかの研究費よりも自由度が高く、色々な挑戦を許してくれる気がしています。失敗できるプロジェクトというのはすごく大事で、色々な人が入って、失敗する可能性の方が高いけれど、それをやることによって何かは生まれる、そういったチャレンジができるような環境があるといいと思うし、やる気のある学生がそこに入っていける環境であるべきだとも思っています。研究は教育を引っ張っていく力がありますし、チャレンジする人が損をしないような環境を作っていくことが重要です。本学は他大学より自由度が高くてチャレンジできる環境にあるので、それが本学の強みになると思っています。

 

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