研究成果トピックス-科研費-

マウスにはヒトの痛みがわからない場合がある

神野透人(薬学部・薬学科・教授)

公開日時:2022.11.09
カテゴリ: 侵害刺激 TRPA1 種差 ケイ皮酸エステル類 侵害受容体 フェルラ酸エステル類 TRPチャネル ゲノム編集 消化管ホルモン

研究情報

期間

2018~2020年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

18K06641

課題名

侵害受容チャネルTRPA1活性化の種差に関する分子毒性学的研究

取材日 2022-06-22

新型コロナウイルス変異株の識別法の開発でも注目を浴びている、衛生化学がご専門の薬学部・薬学科の神野透人教授にお話を聞きました。

ヒトの痛みがわかるマウスを作る

科研費の研究について教えてください

元々私は厚生労働省の研究所で室内の空気に関する研究をしていました。室内の空気に関する研究のキーワードには、シックハウス症候群・化学物質過敏症・香害などがあります。空気中に存在する化学物質によって健康を害するという報告はたくさんあって、実際に「香料が苦手だ」という人は結構な割合でいらっしゃいます。室内にあるどんな化学物質が人体に悪い影響を及ぼすのかを一つひとつ明らかにしていこうとすると、そもそも空気中のごくごく微量の化学物質が、どういったメカニズムで人間の健康によくない影響を及ぼすのかが、あまりはっきりしているわけではないことがわかります。そこで、私はTRPA1という受容体に注目しました。TRPA1はわさびの辛み成分などに応答する生体高分子です。TRPA1が刺激されると、「痛い」あるいは「冷たい」という感覚が生じます。また、 TRPA1は気道・鼻粘膜・皮膚にも発現していて、刺激されるとアレルギーのような反応を起こすことがわかっています。そこから環境化学物質が神経を刺激する1つのインターフェースとして TRPA1が働いているのではないかと考えて研究を進めてきました。そうすると、実に室内に存在するありとあらゆる化学物質がTRPA1チャネルを活性化することがわかりました。

 

そんななかで、ヒトとマウスで作用がまったく違う化学物質が存在することを発見しました。ヒトとマウスは別の生物なので、ある意味当たり前のことではないかと思われるかもしれません。しかし、化学物質の安全性を評価する毒性学やレギュラトリーサイエンスと呼ばれるような分野では、動物の種類によって異なる作用を示すことは、とても重要な情報となり得ます。一般的に化学物質の安全性の評価は、マウスやラットを使って実験をすることによって、ヒトがどういう応答をするのかを予測します。ヒトとマウスは化学物質に対する反応が同じではないかもしれないので、その違いを考慮するファクターとして 10という数字を用います。ヒトはマウスよりも感受性が高いかもしれないので、その10分の1にしておけばヒトでの安全を担保できるだろうというようなロジックです。1という濃度でマウスに悪い影響が出てしまうとしたら、ヒトも1で反応は起こるだろうけれど、より低い濃度で反応が起こるかもしれないので、10で割った0.1の濃度を基準にしようというように、いろいろな基準値が決められています。

 

ところが、TRPA1に作用する化学物質のなかには、ヒトには応答するのにマウスには応答しないといものが存在することが判明しました。これは、今までのマウスを使った動物実験では、ヒトに実際には何が起こるかを予測できないということを意味しています。動物実験で安全だと言われていたものが、実はヒトには悪い影響を及ぼす可能性があるということになります。TRPA1を介した生体の応答に関しては、マウスを使った実験だけではヒトのことはわからないことがあるということを発見したので、2018年度からの科研費では、なぜヒトとマウスにそのような違いが生じるのかというメカニズムを解明することを目的に検討しました。

 

この作用は痛み刺激の受容なので、私たちは「マウスではヒトの痛みがわからない場合がある」というキャッチフレーズを作りました。この研究の発展的な部分はヒト化したマウスを作ろうというところです。ヒトのTRPA1を発現するマウスを作ることができれば、そのマウスは「ヒト の痛みがわかるマウス」ということになります。将来的にそのマウスを使って実験すれば、化学物質がヒトの気道や鼻粘膜にどういった影響を及ぼすのか、そういったことがわかるような実験系を作りたいと考えています。


研究者を続けている限りはどんなに不採択になっても申請する

科研費についてはどうお考えですか

科研費に採択されるのはなかなか難しいし、申請書の作成にも苦労をともないますが、自分自身で提案してそれを認めてもらって予算をつけてもらうというプロセスは当然のことかなと思っています。私が以前在籍していた研究所では、個人で使える研究費がとても少なかったので、自分で研究費を獲得することが必須でした。建物と研究する環境は与えられているけれど、そこで実際に研究活動をしようと思ったら、自分でお金を獲得しなければ何もできないという状況だったので、資金調達に関する活動は研究者の習性と言ってもいいかもしれませんね。

 

科研費の申請は面倒に感じる時もありますが、「やりたいことができる」ということに尽きると思います。学内研究費とは違った使い方ができる、学内研究費だけでは達成できない部分を補えるという利点に加えて、自分の目標を積極的に目指していくための糧になるというのが、自分にとって一番のモチベーションですね。

 

申請して不採択だと、みなさんに興味をもってもらえる研究テーマを提示できていないのではないかと、試験で不合格になったような気持ちになります。もちろん、不採択だったからと言って、研究を実施できないということではないですが、一般的な意味で、みなさんが「これはおもしろい」とか「この研究をさせたい」と思えるような研究テーマを考えるのは、非常に重要な能力だと思っています。そのため、研究者を続けている限りはどんなに不採択になっても申請し続けたいと思っています。

 

科研費の申請率が上がらない原因は学内研究費の潤沢さだと言われることがありますが

これについては、二つの側面があるというか、いろんな見方をしなければならないと思っています。そもそも大学における研究テーマは、誰かに与えられるものではなく、研究者が自ら設定し、独自の方法で追究していくことだと思っています。その意味で、ある程度の学内研究費が保障された状況下で研究ができるということは、とても素晴らしいことだと思います。ただ、その一方で、自身に対する戒めでもあるのですが、人間は恵まれすぎると貪欲さがなくなっていくというのも、ある意味自然の成り行きだと思っています。本来は、研究の基盤となるところが保障されているということは、冒険をすることが許される環境ということですよね。もしまったく研究費がなかったら、こじんまりした研究しかできません。しかし、学内研究費が十分にあるということは、土台が保障されているということで、そういったセーフティネットがひかれているからこそ、たとえ不採択であっても、果敢にチャレンジできるのではないかと思います。そのように考えれば、積極性な科研費の申請に繋がると思うのですが、一概には難しいかもしれません。

 

学内の申請率を上げることだけを目指すのであれば、一つの方法論として、学内研究費を削ってそれだけでは満足できる研究ができないような状態になれば、当然申請率は上がると思います。ただ仮に申請率が上がったとしても、次の課題は採択率ですよね。採択されるためには、やはり研究実績が必要ですので、一人ひとりの研究者が自由な発想で研究できない環境は、必ずしもよいことではないと思います。

 

科研費のこんなところが変わったらいいなと思うことはありますか

科研費に対する不満はないです。大学では外部資金イコール科研費になることが多いと思いますが、私は元々厚労省の研究員だったこともあって、今も厚生労働科学研究の分担研究者としても研究しているので、科研費だけにあまり限定する必要もないかなと思っています。もちろん、科研費が基本ではあるのですが、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)をはじめ、多様な外部資金があるので、もっと幅広くチャレンジしてもいいのではと思っています。とはいえ、たとえば採択率が全体で30%弱とすると、採択された人の陰で3分の2の人が涙を飲んでいるわけで、それが何回も続くと「どうせ出してもムダだ」という気持ちになってしまいます。ですから、まずは申請するという習慣も重要だと思いますが、申請すれば採択されるんだという雰囲気を作っていくことも重要だと思います。採択率を維持したまま申請者数が増えれば、その分野の正味の採択者数は増えますよね。同じ分野の他大学の先生も一緒にということにはなりますが、名城大学のなかでも自ずと採択者数の増加に結びつくと思います。学内研究費で十分だと考えていても、採択されたらうれしくないわけがないですし。

 

すでに学術研究支援センターでも力を入れていただいているところだと思いますが、採択される申請書を作成するために、研究テーマの設定の仕方にまで踏み込んでアドバイスがいただけるようなシステムがあるといいでしょうし、学内での学術交流の機会を増やすことによって、もっと発展した研究が生まれるのではないかと思っています。

 


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