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研究成果トピックス-科研費-

気候変動を取り入れることによって新しい歴史学を構築する

伊藤俊一(人間学部・人間学科・教授)

公開日時:2022.10.20
カテゴリ: 荘園制 室町時代 災害史 荘園史 南北朝時代 開発史 水害史 守護 室町幕府 守護領国

研究情報

期間

2015~2021年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

15K02844

課題名

15~16世紀の水干害と再開発に関する研究

期間

2021~2025年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

21K00857

課題名

13~14世紀の気象災害と農業生産の変容-環境応答の歴史学の構築に向けて

取材日 2022-05-25

「荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで」(中公新書)が「新書大賞2022」の3位に選ばれるなど、公家や寺社、武家など支配層の私有農園である「荘園」を専門に研究されている人間学部・人間学科の伊藤俊一教授にお話を聞きました。

昔の資料や話を通してタイムスリップする

科研費で進められている研究を教えてください

はじめは、たくさんの荘園を所有していた京都の東寺がどこから借金をしていたのかという研究をしていました。すると、15世紀の第二四半期(1425年からの25年間)に特に多額の借金をしていることがわかりました。なぜそんなに多額の借金が必要だったかというと、洪水が頻発したことにより、田んぼに引く用水路が壊れてしまい、その修復をするためでした。この時に洪水や干害がどのように発生して、復旧の努力がどのように行われたのかという研究を2015年に採択された科研費で進めました。

 

大規模な洪水や干害が頻発すると、従来の復旧方法ではうまくいかなくなり、復旧の努力を積み重ねていくなかで、社会が変化していったのではないかという仮説を立てました。まず、資金の調達方法や用水路修復の担い手の変化などに注目しました。これまでは世襲制の荘官が荘園の管理を任されていましたが、この時の用水路の修復は荘官では担えないことが多く、荘園領主は商人や金融業者、荘園の近くに住んでいる武士などに請負を出すようになります。そうすると、これまでの荘官が機能を果たさなくなって、荘園制という制度がだんだん崩れていきます。また、請負側は利益を求めているので、用水路が復旧されたことによって上がった分の収穫高を自分の懐に入れてしまったり、請負によって利益が出ると撤退してしまったりして、請負という形でもうまくいかなくなってしまいます。最終的には、再開発は土地に根付いた村人や戦国大名のような広域的な公権力に任せるように変わっていったのではないかと考えていますが、まだここまでははっきり証明できていません。

 

2021年度に採択された科研費は、2015年度からの科研費を発展させた形です。15、16世紀についてはだいたい調査や分析が終了したので、次は1つ前の時代を研究することに加えて、気候変動と荘園の生産活動との関係を探るという新しい要素を盛り込むことにしました。実はこれは2015年度からの科研費の研究を進めていったなかで生まれた発想です。名古屋大学の中塚武教授らが開発した年輪酸素同位体比の手法を用いると、過去の降水量がわかります。この降水量の変動を表すグラフで、私のそれまでの研究で判明した洪水の多い年や干ばつの酷い年が見事に一致していたんです。すごくびっくりしました。中塚教授がプロジェクトリーダーの総合地球環境学研究所の研究にも参加して、私の科研費研究にも気候変動という新しい要素を盛り込むことができました。

 

荘園の研究というのはどのようにされるのでしょうか

まずは先行研究や古文書・古地図・詳細な地形図などを網羅的に集めます。先程お話した東寺には古文書がたくさん残っていて、インターネットでも公開されています。なかでも荘園の帳簿の数字や土地台帳を取り上げて分析したうえで現地調査にも行き、史料から得られた情報と現地の地形や地名・水利などとを照らし合わせて検討します。現地調査ではたくさん話を聴きますね。農作業のことや、その土地に伝わっている伝承、昔はここにお社があったというようなことも聴きます。

 

あと、もう1つは水の流れ方についても調べています。現在の田んぼは、水道のようにパイプラインで水を引いてくることが多いのですが、昔はどのように引いていたのかを調べています。用水路そのものは残っているので、水の流れ方や高低差、あとは地名なども重要です。田んぼには1つ1つ名前がついていて、ある程度その名前が田んぼの昔を表しているんです。たとえば、「門田」という名前は、地頭や有力な農民の屋敷のすぐ前の重要な田んぼという意味なんです。屋敷はなくなってしまっていても、門田という田んぼの名前だけは残っている、これは重要な情報ですよね。

 

荘園領主というのは寺社だけではないのですが、寺社には史料がしっかり残っているところが多いんです。史料はあればあるほど研究が円滑に進みますし、帳簿類を扱う私のような研究は、どうしても寺社が所有していた荘園にスポットが当たることになります。

 

現地調査の際は、いろいろな準備をする必要があります。その準備をすること自体が研究を進めることになりますし、実際に現地へ行くと予期していなかった新しい発見がいくつもあります。今後の研究のヒントも現地に行くことで得られることが多いんです。現地調査というのは新しい刺激を得て、新たな研究アイデアを出すためにもなくてはならないので、早く制約なく調査に行けるようになって欲しいですね。

 

荘園を研究されるきっかけはありましたか

いろいろありますが、大学院に入ってすぐに、指導教官が始めた丹波国大山荘という荘園の調査をする研究プロジェクトに参加したことが大きいですね。歴史家というのは昔の時代を知りたいと考えています。田んぼ1つ1つの名前や用水路の流れ方などのその土地の話を聴くと、当時のその村にタイムスリップするような感覚が得られるわけです。その研究プロジェクトでそれを感じられたのがとても新鮮でしたね。それからこんなことを言うと農家の方に怒られそうですが、私は都会育ちなので農作業が珍しくておもしろいという感覚も少なからずあります。

 

また、先程は田んぼの名前の話をしましたが、地名もその土地の状態を示していることが多いですね。「泓田(ふけだ)」という地名は非常に湿気が多い田んぼを意味しますし、「早稲田(わせだ)」は早く収穫する稲を植える田んぼを意味します。そういうこともおもしろいです。そういえば日本人の名字にも「田んぼ」に関連するものが多いですね。


学内研究費で科研費研究の実現可能性を高められる

科研費についてのお考えを聞かせてください

正直な話をすると、もし科研費に採択されていなかったら、この歳になってあまり研究をしていなかったんじゃないかと思っています。科研費をもらうということは成果を出さねばならないというプレッシャーを自分にかけることでもあります。科研費を申請しようとすると、研究計画を考えないといけないですよね、逆に言うとこの先の自分の研究計画が立てられます。

 

具体的な申請書作成の工夫としては、最初の文章、「研究の概要」を練りに練って書きます。新規性と実現可能性をはっきりとわかりやすくアピールすることを心がけています。また、研究の背景もきっちり示すようにしています。あとは、これは個人的な感触になりますが、先行研究をないがしろにしないということも心がけていますね。

また、人に読んでもらう文章を書くわけですから、やっぱりかなり突き詰めて考えます。そうすることによって自分がこれから何をやっていこうかということが自分のなかで段々明らかになってきます。科研費が一度二度と採択されると連続して採択されやすくなっていくもののように感じられるのは、先の研究計画が立てられて、その研究のなかで次の申請につながるものが出てくるからかもしれませんね。

 

そういった面では、名城大学は学内研究費に比較的恵まれているとよく言われますが、これが非常に大事だと思っています。科研費を申請するためにはある程度の見通しを立てておく必要があります。見通しを立てるための準備に学内研究費が活用できるというのは名城大学の強みだと思います。科研費の審査員は申請研究の実現可能性を重要視します。先程言った研究の背景についてもよいものが書けるようになりますし、この実現可能性を高めるために学内研究費は非常に有効だと思います。


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