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研究成果トピックス-科研費-

食品で脳を元気に!

長澤麻央(農学部・応用生物化学科・助教)

公開日時:2024.05.07
カテゴリ: 意欲障害 神経炎症 ストレス予防 脳機能障害 栄養学

研究情報

期間

2019~2021年度

種目

若手研究

課題/領域番号

19K15797

課題名

行動神経栄養学を用いた発酵乳による認知機能障害予防法の確立

期間

2022~2024年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

22K05517

課題名

意欲障害モデルを用いた脳機能障害の栄養学的予防法の確立

取材日 2024-03-22

食品や食品の成分を用いた脳機能の改善の研究がご専門の農学部・応用生物化学科の長澤麻央助教にお話を聞きました。

 

 

食品で認知機能やうつ病の初期症状を改善したい

科研費の研究についてお聞かせください

私は「脳機能」という少し広い領域の、脳の病気全般をターゲットにして研究を行っています。最近は平均寿命が延びてきたことで、セカンドライフという言葉をよく耳にしますよね。退職した後、つまり年を取った後の生活がすごく大事になってきていると感じています。高齢者になってからも生活の質を維持するためには、脳機能、特に認知機能の維持が重要だという考えのもと、「行動神経栄養学を用いた発酵乳による認知機能障害予防法の確立(2019-2021)」では「認知機能」をテーマにしました。私の研究は「食品」をメインにしているので、症状が軽い、もしくは予防的な見地での効果を狙っています。そのため、認知機能の「覚える→維持する→思い出す」という過程のなかで最初に衰える「思い出す」にフォーカスし、そのメカニズムと食品を介した予防法の探索を進めています。

 

次の「意欲障害モデルを用いた脳機能障害の栄養学的予防法の確立(2022-2024)」でも、いわゆるうつ病になる前によく出る症状として、やる気が出ない、モチベーションが上がらないというようなことがあると思うんですけど、そういった初期症状に対して効果のある食品でのアプローチを考えています。

 

具体的にはどんな風に進めるのですか

脳機能の研究というと、人で行うのが当たり前で、マウスやラットのような実験動物を使ってどのように評価するのかを疑問に思われるかもしれません。私たちの研究分野では、動物の「行動パターン」、専門用語でいうところの「行動表現型」を観察することで脳機能の評価を行っています。例えば、うつ病モデル動物に人の治療で使用されている抗うつ薬を投与すると、うつのような状態を示す行動パターンが減少します。この結果から、人のうつ症状と実験動物のうつ状態のような行動はほとんど同じものであると推測できます。このように、実験動物の行動パターンを解析することは、人の脳機能を研究する上で有用なツールとなります。当研究室では、うつのような状態や不安を感じているような状態、未知のものに対する好奇心、認知機能、他者とのコミュニケーション能力などに起因する行動パターンを解析できるような実験系を構築しています。

 

マウスは元々群れで暮らす動物なので、1匹ずつ飼育してしまうと、それがストレスになってしまいます。でも、まとめて飼育すると、今度はやんちゃなマウスがほかのマウスをいじめてしまう。できるだけストレスがないフラットな状態で実験できるように、ケージの様子は頻繁にチェックするよう心がけています。また、マウスはとても小さいので、人間を怖がってしまって、手に持つだけでもおびえてしまいます。別の部屋で実験をするために手に持って移動させるだけでも、マウスがドキドキしてしまって、こちらが狙っている行動パターンが観察できなくなってしまうので、普段からなるべく触って慣れさせるようにしています。行動パターンの観察というと簡単そうに聞こえると思いますが、意外と繊細な実験なんです。

 

新しいテーマの研究を始める際、まずは適切なモデル動物を作る必要があります。病気の研究の際は、基本的に重症度の高いモデルを使いますが、さっき話したように、私は初期症状の段階や予防に効果のある食品や食品成分を見つけようとしています。病気の症状が重いモデルを用いた場合、たとえ食品や食品成分が予防効果や緩和作用を持っていたとしても、重すぎる症状ゆえにそういった効果が隠れてしまい、せっかくの発見を見落としてしまう可能性があります。ですので、症状の軽いモデルを作るというのが最初のステップになります。身体的あるいは心理的なストレスを負荷したり、試薬を投与したりすることでモデル動物を作製するのですが、その際に症状があらわれるギリギリのラインを狙っています。こうして作製したモデル動物を用いて、食品の持つ脳機能障害の予防効果や緩和作用を探しています。

 

そのような食品を見つけるのは難しいですか

難しいですね。細胞実験の例はたくさんあって、食品成分を脳の細胞に添加すると元気になるという報告は結構あるんですよ。ただ、必ずしも細胞で効果があったものが認知機能などの脳機能に効果があるということにはならないんです。例えば、私たちがその食品成分を口から摂取した際に、それが消化管内で分解されてしまって吸収されない可能性もありますし、吸収されたとしても血液脳関門というフィルターのようなものを通過できずに脳にまで到達できない可能性もあります。なので、細胞実験の知見から脳機能を改善する効果が期待できるような食品成分をピックアップしてきて、それを地道に試していくしかないというような状況です。

 

元々畜産物を対象に研究していたので、今も薬ではなく、なるべく食品や食品に入っているような成分を使って、脳機能の衰えを少しでも抑えられたらと思っています。人と同じで実験動物にも個体差があるので、一度良い結果が出ても慌てず、学生と一緒に何度も試して再現性を確保するようにしています。なかなか「これだ」と断言できるような食品成分を見つけることは難しいのですが、科研費の採択を受けて研究をすると、ある程度形にはすることができます。ですので、研究期間が終わっても、そのテーマはそのまま走らせていき、次に科研費を申請する時はまた別の新しいテーマで申請するようにしています。そうやって何年か経れば、さまざまなモデル動物や脳機能の評価系、食品成分に関する知見が手元に残ることになるため、いろんな実験ができるようになり、食品を用いた脳機能改善効果や脳機能障害予防効果の包括的な研究ができるようになるかなと考えています。

 

 

申請書は研究室の学生に見てもらう

申請書を書くときに何か工夫していることはありますか

とりあえず自分である程度仕上げて、一度自分で声に出して読んでみるようにしています。あくまで持論ですが、もし自分が審査すると考えたときに、みんな良いものを出しているはずなので、減点方式になるんじゃないかなと思っていて。そうすると、声に出して読んだときに違和感があったり、引っかかりを覚えたりする部分は、減点対象になりそうだと。なので、すごくアナログですけど、声に出して読みます。読点の位置にも気をつけることで、読む際の息継ぎのタイミングやテンポの良さなんかも気を付けていますね。

 

それで、ある程度仕上がったときに、研究室の学生に見てもらっています。自分のなかで常識だと思っていることでも、専門ではない人からはやっぱり分かりづらいことがあるみたいですし、審査員が私の研究分野の専門家でないことはざらにあると思うんです。なので、あえて学生に読んでもらって、読みづらいとかイメージしづらいとか指摘されたところを書き直しています。たくさん指摘してくれますが、学生が遠慮なく指摘しやすいような人間関係を日頃から作っておくことも大事かもしれませんね。

 

私は学生の頃から、申請できる助成金は積極的に申請するようにしていました。指導教員から強制されたのではなく「採択されれば自分のやりたいことがやれるよ」と教えてもらったからです。研究のためにどうしても欲しかったうつ病モデル動物がとても高額だったので、指導教員にお願いしづらくて、助成金を申請した覚えがあります。他にも、普段はなかなかできないようなコストのかかる実験を行うために助成金に応募していました。今考えると、その時から申請のモチベーションは自分のやりたいことをやるためだったと思います。

 

学生の時は実験をしたいと思ったら、買いたいものをリストにして、金額もすべて調べて、関連の論文も揃えて、なぜその実験をやりたいのか、実験結果から何を明らかにできるのか、そして、それが今後の自分の研究にどのようなメリットをもたらすのかを指導教員に話して、納得というか理解してもらえれば実験開始の許可が出ていました。研究内容を理解してもらう、相手を納得させるための論理展開を考えるといった過程がそのまま申請書を書くことに役立ちました。今も役立っていますね。

 

今思い出したんですが、私も学生の時に指導教員の申請書をたくさん読ませてもらっていました。赤ペンを渡されて、読みづらいところにコメントを入れていましたね。完全に忘れていましたけど、恩師に学生時代にやらせてもらっていたことを無意識に実践していたんですね。貴重な機会・経験を頂いていたことに気づき、九州の方へ足を向けて寝られないなと改めて感じました。

 

 

お互いにどんなことができるかを知れば

分野横断や文理融合などが叫ばれる昨今ですが、若手研究者としてどのように思われますか

私の場合、動物実験は得意ですが細胞実験のノウハウは持っていないので、細胞実験を協力してくれる方はいないかなぁと思うことはよくあります。研究分野が近いと、一緒にこういうことをやれたら良いなと想像しやすいです。しかし、研究分野が離れすぎていると、実際に何がやれるのかを思いつくのが難しいと思います。お互いどういうことができるかがわかると協力しやすそうですよね。

 

どうすればそういった横のつながりが作れると思いますか

私の話で言うと、他学部や違う分野の研究者と普段あまり関わることがないので、コネクションを作るのが難しいなと感じています。『疾患予防食科学研究センター』のメンバーに入れていただいているので、薬学部の先生や理工学部の先生とお話する機会や共同で実験する機会があって、そこでつながりを持たせてもらっているので、すごく助かるなと思っています。

 

私が参加している日本畜産学会の若手企画委員会には、いろんな分野の若手研究者が参加しています。そのなかの有志が年に一度発表会を開催しているんですが、畜産と一口に言っても、本当にさまざまな研究があるので、いろいろとアドバイスをもらえたり、協力を申し出てもらえたりするので、交流会は有効だなと思っています。学内でもそんな機会があればいいですし、あれば前向きに参加したいと考えています。

 

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