研究活動ニュース
名城大学カーボンニュートラル研究推進機構は、第1回シンポジウムを2022年10月10日(祝・月)にオンラインで開催しました。『名城大学が歩むカーボンニュートラル達成への道~総合知が生み出す未来へ~』をテーマに、名誉顧問を務める吉野 彰終身教授による特別講演や、研究グループリーダーなどが参加したパネルディスカッションが行われ、全国からのべ300人が視聴しました。
<前編>では、吉野 彰名誉顧問による、特別講演「カーボンニュートラル社会の実現に向けて」の開催報告レポートをお送りします。
最初に小原 章裕学長から開会のあいさつがありました。小原学長は、「全人類が持っている課題において、カーボンニュートラルは最も解決すべきものの1つだと認識している。名城大学では、カーボンニュートラルにかかわる取り組みを推進するため、①教育②研究③経営・環境の三部会を設立し、それぞれの部会が独自に企画・立案・事業推進を加速させる体制を作った。このうち、研究部会において設立された研究組織がカーボンニュートラル研究推進機構である。本日は当機構の名誉顧問であり、2019年ノーベル化学賞を受賞された、吉野 彰 理工学研究科終身教授を迎え、本学の総合大学ならではの幅広い研究を踏まえた政策・環境・新素材の切り口を含め、皆さまにシンポジウムという形でお届けする。当シンポジウムがみなさまにとって有意義であり、こういった企画がカーボンニュートラル達成のための社会の一助になることを祈念する」と述べました。
特別講演『カーボンニュートラル社会の実現に向けて』
世界の動向と日本の武器、キーになる3つの技術について
次に、吉野 彰名誉顧問の特別講演がありました。吉野名誉顧問は、「本日は、まずカーボンニュートラルに向けた世界の動向と日本の武器を簡単にお話し、そのなかで今後実現に向けてキーになるであろう3つの技術を紹介したい」と述べました。その3つの技術とは、①再エネ電力②再エネキャリア(水素・アンモニア・e-fuel)③ネガティブエミッション技術です。
世界の動向について、吉野名誉顧問は「2021年11月のCOP26では150カ国以上が具体的な目標を掲げ、日本も2050年にはCO2排出を実質ゼロにすると宣言している。ただし、CO2の排出自体をゼロにすることは不可能なので、ネガティブエミッションの技術などを使うことで、排出せざるを得なかったCO2をキャンセルして実質ゼロにするとしている。実現のためには技術開発が必要となるので、政府も積極的に研究開発に助成を始めている。そのうちの1つがグリーンイノベーション基金事業(*1)で、3つのワーキンググループのなかに18個のテーマがあり、そのうち16個が既に動き出している。これは、単に技術開発だけで片付くものではなく、社会システムの根本的な見直しや新たな経済システム・物流システムを創出し、それを利用しながら進んでいくものである。従って、テーマは自然科学だけではなく人文科学まで網羅されている」と述べました。
続いて、3つの技術について、次のような詳しい解説がなされました。
再エネ電力
ここで特に注目されているのは、次世代型の太陽電池が開発されるかどうかということ、そして、発電場所が陸から海へ向かっている風力発電の2つである。洋上、しかも風車を載せた船が動き回るような浮動式の発電システムをどこまで日本で社会実装できるかがポイントになる。日本は国土は狭いが、大別すると4つの島に分かれており、電力系統が本当の意味では繋がっていないため、再エネ電力を導入しにくい国と言われている。
太陽光発電も風力発電も1日を通して発電量が大きく変動するため、蓄電が必要になるが、蓄電システムを単に導入すればよいということではない。現在、太陽光発電は商用電力に使えるまでにコストダウンされているが、それを普及させるためにさらに蓄電システムが必要となると、コストが膨大に上がり、今までの苦労が水の泡になってしまう。では、どうすればいいか。ここで、電気自動車に搭載されている電池をいかにしてうまく活用するかを考える必要が出てくるのである。この電池を使えばコストがほぼゼロの蓄電システムを作ることができ、再エネ電力普及の足をコスト面で引っ張ることがない。ただ、新たな社会システムが必要となってくる。ぜひそういう新しい経済モデルを経済学部の先生方に考えていただきたい。
再エネキャリア
再エネ電力と再エネキャリアの違いは、発電と消費地が異なるということ。太陽光発電の場合、日本に装置を設置してそれをロスなく使用できればコスト的に十分なところまできている。しかし、エネルギー消費国は地理的な条件や気象条件により、必ずしも再エネ電力に最適な地ではない。最適なところに装置を設置すればコストは下がるが、その電力をエネルギー消費国に輸送することでコストが上がってしまう。コストがほぼゼロの電力を得ることができて、別のエネルギーに変換することでその電力を輸送できれば現実的になる。その別のエネルギーとして、水素・アンモニア・e-fuelの3つの候補がある。それぞれまだ問題点があって現実的ではないので、何かしらのブレイクスルーが必要である。ブレイクスルーが起きれば、本格的に普及していくと考えられる。
ネガティブエミッション技術
太古の地球ではCO2が大気の数十パーセントを占めていた。それを減らした犯人は2つ存在していて、1つは光合成、もう1つは天然鉱物がCO2を吸収したことである。現在の大気組成は地球が長期間かけて形成してきたものである。もう一度こういった原理に基づいて大気中のCO2を減らそうというのが、ネガティブエミッションである。
まず、光合成。光合成の効率を上げることで効率的にCO2を吸収・固定化し貯蔵するというやり方。先程、経済学部の話をしたが、ここでは農学部の分野に近いテーマが出てくると思われる。2つ目は天然鉱物。地球誕生当初はアルカリ性の天然鉱物が地球表面上に大量に存在したため、CO2をどんどん吸収していたが、現在はその中和反応は終了している。ただ、海底や地中にはまだ天然鉱物がたくさん残っているので、それをうまく活用するという方法がある。日本に無尽蔵にある玄武岩は候補の1つだが、中和反応が非常に遅いので、今後効率よくCO2を吸収するような技術開発ができれば、ネガティブエミッションに繋がっていく。産業界においてCO2の排出自体をゼロにすることは非常に難しいため、排出をキャンセルするという技術はより一層重要になっていく。
以上のように述べ、吉野名誉顧問は特別講演を終えました。
質疑応答
講演に引き続き、質疑応答が行われました。
参加申込時の投稿やウェビナーQ&A、会場の関係者から質問が多数寄せられ、時間の許す限り吉野名誉顧問が回答しました。
カーボンニュートラル達成のために、不便な生活様式を受け入れなくてはいけないのか
基本的には、地球環境への貢献だけでなく、利便性と経済性がついてこなければ社会では普及しない。逆に利便性と経済性があれば、間違いなくカーボンニュートラル社会は実現する。一見難しく見えるかもしれないが、GX(グリーントランスフォーメーション(*2))とDX(デジタルトランスフォーメーション(*3))を融合し、うまく両立させることで打開が可能だと思う。どちらか単独だけでは普及しない。たとえばGXが社会に受け入れられるにはDXの技術が必要であるし、逆に今の社会は十分便利なので、これ以上便利にする必要があるのか?という当然の疑問があり、そうするとDXだけでは普及しない。GXとDXが融合することで、新しい技術は便利なうえに、地球環境にこんなにも大きな貢献をするという世界を目指すことになる。
日本に足りない視点はなにか
植林事業は非常に重要だが、残念ながら統計的に日本の森林が吸収しているCO2は減少傾向にある。それは森林の手入れが行き届いていないからである。CO2を効率よく吸収するためには、間伐や計画的な伐採などが必須である。今後、カーボンプライシング(*4)が間違いなく導入されるので、CO2固定化が実証できれば、林業には新たなビジネスが生まれる。材木を売買するだけではない、CO2吸収による新しい林業のスタイルが生まれることになる。
海底や地中に埋まっている二酸化炭素を吸収する鉱物は発掘が難しいのか
玄武岩は海底に無尽蔵にあるが、掘り起こすことはコスト的に不可能。玄武岩の層に炭酸ガスを注入して化学反応によってCO2が固定化できるということが、科学的に実証できれば、注入が国際的にも認められると思う。地中の層の掘り起こしだけならコストはあまりかからないが、粉砕などのコストをどこまで抑え込めるかが課題になると思う。
日本のリチウムイオン電池産業の将来はどのようになるのか
リチウムイオン電池の用途であるモバイルITでは日本の電池産業は敗北したと考えている。モバイルIT機器は日本で生産していないため、今からの挽回はあまり意味がなく、リカバリーは難しい。もう1つの用途である電気自動車については、本当の意味での勝負はまだ始まっておらず、勝つか負けるかはこれから。
続くパネルディスカッションの内容は<後編>でレポートします。
次回をお楽しみに!!
[脚注]
*1 グリーンイノベーション基金事業 https://green-innovation.nedo.go.jp/
NEDOに造成された2兆円の基金で、官民で野心的かつ具体的な目標を共有した上で、これに経営課題として取り組む企業等に対して、10年間、研究開発・実証から社会実装までを継続して支援する事業
*2 GX(Green Transformation:グリーントランスフォーメーション)
化石燃料ではなくクリーンエネルギーを主軸とする産業構造、社会システムへと変革を図る取り組みのこと
(出典:https://smbiz.asahi.com/article/14720990)
*3 DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること
(出典:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd112210.html)
*4 カーボンプライシング
炭素排出に価格付けを行う仕組みで、温室効果ガス排出コストを内部化する事で、低炭素社会に向けた行動変容を促す目的で導入する手法の1つ。カーボンプライシングは「明示的カーボンプライシング」と「暗示的炭素価格」の2種類に大別される。前者の明示的カーボンプライシングは、排出される炭素に対して、1トン当たりの価格付けがなされるものを指す。一方で暗示的炭素価格は、排出量に対して直接価格を付けるのではなく、エネルギー消費量等に課税することで間接的に温室効果ガス排出量に価格を課す仕組みである
(出典:https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/lst/ka/carbon_pricing)