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研究成果トピックス-科研費-

毎日食べる卵を栄養豊富な昆虫で高付加価値化する

林義明(農学部・附属農場・准教授)

公開日時:2024.06.26
カテゴリ: ウシ ヤギ 国際協力 カロテノイド蓄積昆虫 鶏卵

研究情報

期間

2024~2026年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

24K09216

課題名

カロテノイド蓄積昆虫の開発と飼料活用―高機能な鶏卵生産システム構築―

取材日 2024-05-08

動物生産科学、特にウシ・スイギュウ・ヤギ・ニワトリなどの畜産が専門で、青年海外協力隊(現・JICA海外協力隊/以下「協力隊」)やJICA技術協力専門家としてなど、開発途上国での活動経験も豊富な農学部・附属農場の林義明准教授にお話を聞きました。

 

 

国際協力の場で活躍するために自力をつける

バラエティに富んだ経歴をお持ちですよね

元々、動物に興味があって大学は関連した学部に進みました。畜産の講義を聞いているうちに、だんだん畜産にハマっていったと思います。ニワトリの免疫関係、病気に関連する物質を遺伝子レベルでも探索する研究室に4年生で入ったんですが、研究できる時間が実質数ヶ月しかなくて、もう少し続けたいから大学院に進みたいと最初から思っていました。そのまま大学院に進んで、研究はおもしろかったんですが、遺伝子関連のことを仕事に、と考えると、私には少し違うのかもと思うようになりました。

 

じゃあ自分は何をしたいんだろうと改めて考えると、以前から「海外へ出てみたい」という思いがすごく強かったことを思い出しました。同時に中学生くらいの時に協力隊のポスターを見て、おもしろそうだなと思った記憶があったことも思い出しました。そこで初めてちゃんと調べてみると『家畜飼育』という職種があったので、修士在学中から応募を始めました。何度かトライして、修士修了と共にタイミング良くフィリピンへ2年派遣されることが決まりました。フィリピンではウシやスイギュウの人工授精プロジェクトに関わりました。私は家畜人工授精師の免許を持っていましたが、専門はニワトリの免疫だったので、いわゆる実務経験がほとんどありませんでした。なので、とても大変でしたが、現地のカウンターパート(同僚)たちと一緒に試行錯誤しながらプロジェクトを進めていきました。

 

フィリピンで畜産現場での自分の技術の低さを痛感したので、帰国後は技術と知識を蓄えるために現場で仕事がしたいと考えて、『酪農ヘルパー』をすることにしました。酪農ヘルパーは、酪農家が休みを取るときに、代わりに乳牛の搾乳やエサやり、排泄物の処理などをする仕事です。契約している酪農家を何軒も回るので、それぞれ設備も方法もウシも全然違って、とても勉強になりました。本当はそこで3年ほど修行しようと考えていたのですが、いろいろと縁があって、1年後にウシの繁殖プロジェクトに関するJICAの技術協力専門家として、アフリカのマラウイへ行くことになりました。

 

元々は国際協力に特別興味があるというわけではなかったのですが、協力隊に行っている間に、何か自分にもできることがあるかもしれない、すべきことがあるかもしれない、そのためには何より自力をつけなければいけないと思うようになりました。今考えると若気の至りかもしれませんが、その辺りでだんだん国際協力に気持ちが傾いていきましたね。

 

フィリピンからの帰国後も、いずれは開発途上国で仕事がしたいと思っていたので、恩師に博士課程への進学を進められても「現場ですぐに役立つ技術や知識を身に付けたいので行きません」と反発して断っていました。でもマラウイでがくぜんとしたことがあったんです。まず、前提として、どのようなエサが良いのか、どのように管理すべきか、というようなウシを飼育するうえでの基本的なことでさえ理解不足な面があったんです。そして、そこから指導するには、自分自身が深く知っていないといけないことを痛感したんです。

 

それで博士課程に進もうと決心して、私が勉強したい分野で、開発途上国であるネパールでウシやスイギュウを対象にしている研究者のもとに進学しました。その後もまだ海外に出る気満々だったんですが、海外を研究フィールドにして研究者になるという道もあると助言されて、なるほどと思ったことがきっかけで今に至りますね。

 

全国山羊ネットワークというのも気になります

全国山羊ネットワークという任意団体の事務局を2017年から担当しています。ヤギを研究している人から、ただただヤギが好きだという人も含めて、ヤギに関する情報をみんなで共有しようと始まった団体で、設立してから25年が経ちます。日本ではやはりウシ・ブタ・ニワトリがメインで、世界ではわりとメジャーな家畜とされるヤギ・ヒツジ・アヒルなんかは、マイナーな家畜に分類されます。戦後の食糧難のときは、ヤギも国内で多く飼われていて67万頭くらいいたんですが、国の政策もあってウシ・ブタ・ニワトリが重視されるようになると、一気に数が減りました。2010年あたりで1万数千頭くらいまでに減りましたが、近年は3万頭を超えています。産業の規模はウシなどと比べると小さいのですが、今でもヤギで生計を立てている人はいますし、沖縄にはヤギ肉文化も存在しています。私たち畜産分野の研究者はどうしてもミルクや肉、毛、皮といった畜産業に関心が寄ってしまうのですが、最近は除草用やペットとしてヤギを飼う人も増えてきて、アニマルセラピーにヤギが使われ始めているとも耳にします。ヤギの多様な活用方法を共有したり、課題をみんなで解決したりしようという団体です。

 

テーマを試行錯誤 -ヤギから昆虫へ-

今(2024)年度科研費に採択されましたね

科研費はずっと申請していました。自分のなかでは申請するのが当たり前になっていて、採択されて研究活動を活発化できると思っていました。不採択が続いていたんですが、採択されれば、研究者として自分がやろうとしていることが認められる、社会に役立つものなんだと評価されることになるので、毎回申請していました。学会などでたくさんの方たちとお会いして、科研費や大型の研究費をたくさん取って研究を進められているお話を聞いて刺激を受けて、自分もなんとかしたい、なんとかして研究費を取りたいと気持ちを高めていました。

 

また、いろいろな人のお話を聞いていると、自分が本当にやりたいことを実直に進めているだけではなかなか理解してもらえないのかもしれないと思うようになりました。多くの人に周知されていない分野だと必要性が伝わりにくい。それがまさに開発途上国を含む世界で主要な家畜であるヤギのことなんです。ずっとヤギの内容で申請し続けていたんですが、畜産業界ではウシ・ブタ・ニワトリと違って、ヤギはまったくのマイナーに分類されてしまうので、難しさを痛感していました。ヤギをテーマにして採択されている方もいらっしゃる一方で、社会への波及効果などはどうしても伝わりづらいと感じていました。

 

そんななか、在外研究先のタイで、家畜のエサについて現地の農学系の学部の研究者といろいろと話をしていたときに、畜産の研究者も昆虫の研究者も一緒になって、昆虫の話題で盛り上がったことがあったんです。ちょうどSDGsの機運が高まっていて、昆虫が注目の的になっていたこともあって、昆虫のことを勉強してみたいなと思っていろいろと調べました。

 

一方で、その数年前に理工学部の本田真己准教授と、カロテノイド、特にトマトに多く含まれるリコピンを、ニワトリの卵に入れて高付加価値化する研究を行っていました。カロテノイドは野菜や果物に多く含まれ、抗酸化作用や生活習慣病の予防効果があります。研究では、ニワトリのエサにリコピンを加えることで、ヒトが吸収しやすい構造であるシス型のリコピンを卵黄に含めることができ、特許を取得することができました(【特許第7189613号】リコピン含有家禽卵)。

 

ただ、この時にニワトリのエサに混ぜて使用した精製品のカロテノイドは非常に高価だったので、実用化へのハードルは高かったんです。せっかく出た成果をなんとか実用化できないかと考えたときに、ふと、昆虫は取り込んだカロテノイドを体内にためられるんじゃないかと思ったんです。今まさに昆虫食が注目されていますが、ニワトリなどの飼料、つまり『エサ』としても昆虫は注目されています。その昆虫自体のエサとして、人間が捨ててしまう野菜や果物などに含まれるカロテノイドを使うことができれば、かなり安価でエコですし、これは開発途上国でも簡単に取り組めるんじゃないかと思いました。本田先生やタイの研究者にも相談して「ぜひやりましょう!」と盛り上がって、このテーマで科研費を申請してみようと思いました。

 

 

今までの生活スタイルを変えずに健康に

カロテノイドを含む果物としてガックフルーツを選ばれたのはなぜですか

先程のリコピンやβ-カロテンは、みなさんもよく耳にするカロテノイドですよね。あとは、エビやカニに含まれるアスタキサンチンなんかも有名ですね。実はサケは白身の魚ですが、エサに含まれるアスタキサンチンの影響で身が赤い色になっています。昆虫のエサに何を使うのが良いだろうと考えたときに、リコピンが非常に豊富なガックフルーツという熱帯の果樹があることを本田先生からお聞きました。パパイヤやマンゴーと違って、日本ではほとんど知られていないフルーツですが、効率よく昆虫にカロテノイドを蓄積できるうえに、海外ではすでにパウダーが市販されていて手に入りやすいという利点があったので、ガックフルーツを選びました。

 

昆虫やニワトリを介さずに、人間がフルーツやパウダーをそのまま摂取しても良さそうです

そうですね、おそらく良いと思います。ただ、いくら健康に良くても、新たに食べたり飲んだりすることを習慣付けたり、食べ慣れないものや美味しくないものを食べ続けるって大変ですよね。でも、卵であれば、今までの生活スタイルを変えずに、さらにカロテノイドも取り込むことができそうですよね。卵は畜産物のなかで多くの人に食べられていますし、特に日本は世界で2番目に卵の消費量が多い国なので、非常に効果的だと思います。

 

カロテノイドを昆虫のエサではなく、ニワトリのエサにするのはダメなんですか

今回はパウダーを使うので、ニワトリのエサでも構いません。でも、実用化を考えたときに、元々ガックフルーツは、そのまま食べることは少なくジュースやサプリメントにすることが多いので、廃棄される皮などがたくさん出ます。その皮などをエサにするには乾燥させる必要があるんですが、この乾燥にすごくコストがかかります。その点、昆虫であれば、廃棄される皮などをそのままエサにできますし、うまくやれば昆虫を容易に増やすことができます。そのうえ、昆虫はタンパク質や脂質も豊富なので、フルーツそのままよりもニワトリのエサとして非常に優秀なんです。

 

 

時間はかかっても、ずっと続けていけば追いつけるかも

テーマを変更して最初の申請は不採択だったんですよね

はい、でもA評価をいただいたので、申請書の書き方を工夫して再挑戦しました。学術研究支援センターのアドバイザー制度も利用しましたし、農学部のほかの先生や他大学の先生など、たくさんの人に見てもらいました。専門外の人にも読んでもらえとよく言われるので、家族にも読んでもらいましたね。今までも何人かには見てもらっていたのですが、どうしても申請書を書くのがギリギリになってしまって、そこまでブラッシュアップする時間が取れていませんでした。準備不足でしたね。今考えると自分のなかでもそこはちょっと甘かったなと思います。

 

たくさんの人に見てもらって具体的にどこが変わりましたか

アドバイザーの先生にも「結構良い内容だ」と言っていただいたので、内容というよりはひたすら書き方を工夫しました。こういう研究をして、その成果がどう現場に繋がるのかというような、一連の流れが体系立てられておらず、わかりづらいと言われました。自分では書いているつもりだったんですが、その辺りはかなり変えましたね。あとは、入れる図をわかりやすいものにすることを意識しました。

 

やはり採択されたときはうれしかったですか

それはうれしかったです。でも、実は今回はいけるだろうと採択されるつもりでいました。なので、うれしかったと同時に「やっぱり思った通りだ!」と思いましたね。結果って出るんだなと。

 

不採択が続いて、もう無理かもしれないと思ったことはありましたか

いや、ないですね。自分はまだまだなんだな、全然足りていないんだなとは思っていましたけど、もう止めるということはなかったですね。そのモチベーションが保てたのは、もちろん「なにくそ」という気持ちもあったんですけど、私のなかで大きいのは、自分はたいてい何かを達成することが人より少し遅いという感覚があるからだと思います。普通の人よりも数年遅れて巡ってくるという感覚が、自分のなかで若い時からずっとあるんです。学生時代に、周囲が就職してお金を稼いでという話をしている時も、自分はステップアップするための準備段階だと思っていたので、協力隊員や酪農ヘルパーをしていましたし、研究活動においては、活発化させるのに少々時間がかかっているけれど、ずっと続けていれば何年か経ったときにようやくみなさんに追いつけるかなと思っているんでしょうね。そうなれたら自分は満足できるだろうと思っているところが少しある気がしています。

 

 

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