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研究成果トピックス-科研費-

日本人はなぜ英語の発音が苦手なのか

西尾由里(外国語学部・国際英語学科・教授)

公開日時:2023.03.20
カテゴリ: 超音波舌画像 発音 化石化 発音困難度 インテリジビリティ ICT教材 英語発音 教科書分析 発音ガイドライン 小中高大連携

研究情報

期間

2020~2022年度

種目

挑戦的研究(萌芽)

課題/領域番号

20K20706

課題名

化石化した英語音声に対する超音波舌画像視覚データの効果

期間

2020~2024年度

種目

基盤研究(B)

課題/領域番号

20H01295

課題名

小・中・高・大へ接続する包括的発音に関する到達目標及び評価のガイドライン構築

取材日 2023-02-07

音声学・外国語教育・留学研究がご専門で、2018年度名城大学教育功労賞を受賞したFSP(Future Skills Project)の代表者でもある外国語学部・国際英語学科の西尾由里教授にお話を聞きました。

 

 

発音時の口の中の動きを超音波を使って明らかにする

まず、挑戦的研究(萌芽)の研究内容を教えてください

私の専門は第二言語習得、特に英語の音声学です。日本人が英語を学習するときの一番の問題点として、「発音が良くない」ということがよく言われます。そこで、「どうして日本人は発音が苦手なのか」というところから研究をスタートしました。私の博士論文のテーマは、子どもは発音できる音が多いのに、なぜ大人はできないのか、どうして子どもはできるのかを明らかにしたいということでした。

 

たとえば、『pencil』という音が入ってくると、日本人は自動的に『ぺ・ん・し・る』と4つに音を分解して聴きます。日本語は基本的に子音と母音がセットになっているので、『ペンシル』と最後に母音を無意識につけてしまうんですね。でも子どもだと違うのかもしれないというところが研究のスタートで、要はどうやって音を知覚して産出しているかということに元々すごく興味があったんです。

 

結論から言うと、子どもでも英語を習っていない場合は、英語の音を日本語のように分解して聴いています。ただ、ある一定の期間、英語を聴いた子どもは、『pencil』を『pen・cil』と自然に二音節で聴くようになるということがわかりました。ただ、大人ではなかなかそうはいきません。タイトルに「化石化」という概念を使っているのですが、これはどうしようもない、治らない、いわば化石化されてしまっている音があるだろうなという考えからです。たとえば、LやRはおそらく化石化されているでしょうし、あるいは、『しゅ』とか『じゅ』といった音もそうだと思います。『しゅ』や『じゅ』と英語で言うときには口を前に突き出して強く発音します。たとえば、「シェイクスピア」の『しぇ』はかなり長く強く発音しないと『シェ』に聴こえません。

 

挑戦的研究(萌芽)の1つ前の科研費でICT教材(発音セルフラーニングシステム https://npl-mock.glexa.net/)を作った際に、ネイティブが発音している動画を見て発音を学習すると非常に有効だということがわかりました。それと同時になかなか学習効果が上がらない発音もあることがわかったんですね。そこで、効果を上げるためには口の中の動きがわかれば良いのではないかと考えました。ただ、口の中の動き、特に舌の位置は、正面から見ても横から見てもあまりわかりません。そこで、超音波を使って口の中の動きを明らかにしようと考えました。みなさんも医療機関でお腹の中が影のように映るエコーを受けたことがあるかもしれませんが、それと同じ機械を使って、舌の位置と動きがはっきりわかるようにしました。

 

舌が一番重要なのですか

舌の位置が高いか低いか、前か後ろか、くちびるを丸めているか丸めていないか、この3つで音はだいたい作られるんですが、普段はあまり舌の動きを意識することはありません。たとえば、『eat』の母音は口を横に引っ張って『いー』と強く出します。『eat』と『it』は『い』という音の長さの違いだと思うかもしれませんが、実際は音質が違うので音としてはまったく違うものなんです。ネイティブにとって長さは関係なくて、『い』と短く言ったとしても、正しい発音なら『eat』に聴こえますし、『いー』と長く伸ばしても、『it』にちゃんと聴こえるんですね。そういったことは単なる映像だとなかなか気づかないんですが、超音波であればよくわかります。実際、実験に参加した学生たちも自分たちの映像を見て、「ネイティブと違うことがよくわかる」と言っていました。

 

加えて、超音波を使う大きなメリットは、口の中の動きがリアルタイムでわかることです。ネイティブの映像を見て実際に自分で発音してみたときに、違いをリアルタイムでチェックできるので、教育効果が非常に高いのではないかと思っています。

 

 

最終的に目指すところは教材作成ですか

そうですね、今はそのための効果を検証しているところです。映像を見せるだけではなく、見せながら説明を加えることが必要だと思うので、先ほどのICT教材に追加する形が良いと考えています。「口の中を見てみよう」をクリックすると、超音波で撮った映像が流れるといった感じです。

 

科研費の応募は研究の大きなモチベーションになる

基盤研究(B)はまた別の研究になりますか

はい、こちらは今まで培った音声学の知見を、学習する側と教える側にどうやって還元していくかということをテーマにしています。2020年から小学校でも英語教育が開始されました。3,4年生は文科省が作成した「Let’s Try」という教材を使って「英語活動」をしています。5,6年生はほかの教科の教科書と同じように、7社くらいから選定された教科書を使用しています。これらの教科書に共通して言えるのは、あまり音声に関する記述がないということです。音声教育はあまり時間が取られないというのが現状で、音声を体系的に学んだ経験のある先生がほとんどいない上に、音声自体がテストで扱われないので、時間がないと省略されてしまうこともあります。また、どの発達段階でどのような発音を学習すべきかというガイドラインがまったく存在しないことも問題です。そこで、発音に関する到達目標と評価方法の包括的なガイドラインを作ろうとしています。

 

具体的には、現状使用されている教科書を洗い出して、どういったインプットがあるのかを調べているところです。今後は、実際に小中高の生徒に聞き取りの問題に取り組んでもらい、その後に発音もしてもらって、データを蓄積していく予定です。

 

生徒たち、特に小学生は発達年齢に応じて、できる発音とできない発音があるのではないかという仮説を立てているのですが、それが正しいかを調べたいと思っています。また、今できない発音も指導すればできるようになるのか、それでもできないのか、という見極めもしたいと思っています。

 

基盤研究(C)から基盤研究(B)にステップアップしようと思ったきっかけはありますか

内容が非常に包括的で、研究期間が長く必要になりそうでしたし、研究費も協力者も多く必要な大きなプロジェクトになりそうだったので、基盤研究(B)を申請しました。プロジェクトの計画を詰めていくなかで、基盤研究(B)が適切だろうと考えてのことです。あとは、同時期に2つアイデアが浮かんだので、同時に申請できるのが挑戦的研究(萌芽)と基盤研究(B)だったという事情もあります。両方とも採択されたのでとてもありがたいですね。

 

科研費の採択率はかなり高いですよね、工夫されていることはありますか

はい、確か不採択だったことは1回だったように思います。工夫しているのは、まず、自分のアイデアが本当に形になるか、そしてそのアイデアが斬新なものであるかということと、そのアイデアをバックアップする理論的な枠組みや先行研究があるかということです。その次に、これが果たして今の時代にマッチしているのか、本当に役立つのかを考えています。

 

科研費を応募するのは当たり前の感覚ですか

その感覚はありますし、自分の大きなモチベーションになっていると思います。私の場合、多くの研究費が必要だというのも大きいですね。あとは、ピアレビュー(専門家評価)なので、同じ分野の研究者に少しでも認められたのかなと思うとうれしいですし、やりがいを感じますね。加えて、研究費をもらったことによって、社会に還元しなければという気持ちになるので、私にとっては研究のとても大きなモチベーションになります。

 

また、自分の研究を多くの人に知ってもらう良いチャンスではないかと思います。先ほどの超音波関連でも、思いもよらないところから声がかかってびっくりしました。researchmapなどのキーワード検索でたどり着いたそうです。科研費というきっかけで多くの研究者とのネットワークが広がるチャンスになると思うので、研究費の多い少ないに関わらず、科研費を申請されるのが良いと思います。申請書は枚数が多いので、書くのはとても大変ですが、考える時間が楽しいです。研究費以外のメリットはたくさんありますね。

 

 

自分のアイデンティティに基づいて英語をどう発音するかを決める

そもそも「良い発音」とは何でしょうか?通じれば「良い発音」でしょうか

それは今大きな問題になっています。1980年頃まではネイティブが話す英語をいかに真似できるか、あくまでもネイティブが基準で、それに沿った形で発音できることが良いこととされていました。今は、特にヨーロッパは多言語社会なので、イギリス英語はマイノリティ言語に分類されます。ただ、歴史的な背景やアメリカの経済発展に伴って、英語は世界標準で共通言語という扱いになっています。そのときにどこの英語を使うかということになりますが、第二言語は母語の影響をどうしても排除することができません。なので、日本語を母語とする人がどんなに努力してもやっぱり日本語なまりが消えないんですね。それを積極的に認めていこう、ある程度のバリエーションを認めていこうという考え方をワールド・イングリッシュイーズ(World Englishes/世界での多様な英語)と言います。それに則って言えば、通じれば良い。

 

これは、母語の影響を受けたさまざまな英語を一種のバリエーションとして認めようというわけですが、理解にすごく労力を使うものと、そうでないものがあるということが分かってきました。そこで、イギリス人言語学者のジェニファー・ジェンキンズ(Jennifer Jenkins)が、非常に膨大な経験則を元に、最低限習得しておくべき発音をリンガ・フランカ・コア(Lingua Franca Core)としてリスト化しました。そこでは、たとえば、ThatのTHをZで発音しても通じるとされています。それはなぜか。ThatをZatと発音しても、Zatという単語は存在しないので、文脈からThatだと必ず分かるからです。ただ、THを発音しなくても通じるからと言って、THを学習しなくてもよいのかという根本的な疑問が残ります。

 

たとえば、小学校から英語を学習している人の耳はとても良いので、意識的にこれはアメリカ英語で、あれはイギリス英語だよというように、教師はそれぞれ標準化された発音を子供たちに与える必要があると思っています。高校生以上になってから、学習者自身がそのバリエーションのなかからどの発音をするか選択すれば良いと思います。アメリカ英語を話したい人はそうすれば良いし、イギリス英語でもほかの英語でも同じです。その点において子どもと大人で大きく違います。子どもはさまざまな音が聴こえるので、インプット量が重要なんです。

 

従って、子どもの英語教育の現場では、ある程度のモデルを規定したほうが良いのではないかと考えています。日本語の場合は、テレビなどで標準語を耳にして、身近に大阪弁があふれていれば、あれは標準語でこれは方言だと自然にわかりますが、英語の場合は、そこまで日常的にさまざまな発音に触れる機会がないので、学習者には標準化された基準が必要です。自分が話すときや聞くときにはある程度の標準化された音声体系を身に着けたうえで、さまざまなバリエーションの英語を認めようとする態度が必要だと考えています。そのときにワールド・イングリッシュイーズ的な考え方が非常に重要です。実際の教育現場では、アメリカ、イギリス、オーストラリア、フィリピンなどいろんな英語を話す教師がいて、それぞれまったく発音が違います。その発音の違いを変だとかおかしいと思うのはまずいです。あらゆる発音があるということを受け入れたうえで、自分が学んでいるのはどこの標準なのかを知っていないといけないし、そして教員は特に知っていなければならないと思うんですね。教科書で使われている音声はアメリカ英語だと伝えて、子供たちに自覚してもらう必要があると思います。

 

日本では「良い発音」イコール「アメリカ英語」になっているような気がします

それはおっしゃる通りですね。でも、本当は発音が良い悪いじゃなくて、自分のなかで基準を設けるということだと思うんです。私はジャパニーズイングリッシュでいくんだというのも、オーストラリア英語を話すんだというのも、それはそれで構いませんし、そこは最終的に学習者が選ぶものだと思っています。たとえば、今私たちは日本語を話していますが、私の場合、人前ではあまり方言を出さずに標準語を使います。これは私が選択してそうしているわけで、どのような言語を使うかは各々のアイデンティティと密着していて、話すときに何が心地よいかということだと思うんです。なので、良い悪いが判断基準ではありません。究極的には通じればいい。だけれども、通じるにしても何か基準がないといけないので、その基準を何にするかを自分で選択するということだと思います。

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