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ゲーム理論を使って理論的に現実を説明する
川森智彦(経済学部・経済学科・教授)
- 公開日時:2022.10.12
- カテゴリ: ゲーム理論 交渉理論 内生的交渉決裂点 繰り返し交渉 コンテスト 外部機会 努力の最大化
研究情報
期間 |
2015~2018年度 |
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種目 |
若手研究(B) |
課題/領域番号 |
15K17028 |
課題名 |
内生的交渉決裂点の下での繰り返し交渉 |
期間 |
2019~2023年度 |
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種目 |
基盤研究(C) |
課題/領域番号 |
19K01563 |
課題名 |
外部機会付きコンテストの研究 |
取材日 | 2022-06-08 |
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ゲーム理論がご専門で、交渉理論やコンテストの研究をされている経済学部・経済学科の川森智彦教授にお話を聞きました。
ミクロ経済学は複雑な現実を説明できる、そして美しい
まず、ご専門であるゲーム理論について教えてください
一言で言うと、ゲーム理論とは相互依存した意思決定を分析するための数学的な道具です。典型的な例を挙げると、携帯電話サービスを提供しているAとBという大手企業があるとして、両社は互いに顧客獲得の競争をしています。両社が料金プランを決めるという意思決定をするにあたり、両社の意思決定は互いに依存しているという特徴があります。A社の目的は自社の利潤を最大にすることですが、自社の料金設定が利潤に影響を与えるということは当たり前ですよね。それに加えて、ライバルのB社の料金設定もA社の利潤に影響を与えます。B社が値下げをすると、B社に顧客を奪われて利潤が減ってしまうし、逆にB社が値上げすると顧客を獲得できて利潤が増えるという形で、A社はB社の意思決定の影響を受けることになります。逆もしかりでB社はA社の意思決定の影響を受けています。意思決定が自社だけでなく相手にも影響を与えるということが双方向に起こります。こういう状況で、自社にとって最適な料金プランは何かと考えた場合、相手の出方を読む必要が出てきて結構複雑なことになります。その時に企業が合理的に行動した場合、どういった価格を設定するのかを理論的に導き出すということがゲーム理論によって可能となります。
今は企業を例として出しましたが、これは社会全体に広く応用できる話で、意思決定が相互に依存している状況というのはかなり普遍的です。外交交渉でそれぞれの国がどういう出方をするか、政治家がどういった公約を掲げるか、というのも1つの相互に依存した意思決定ですし、もっと日常的なもので言えば、エスカレーターで左右どちらに立つかも実は相互に依存した意思決定と言えます。身近なことから大きなことまで適用範囲は非常に広いです。
ゲーム理論は、どのような人が意思決定をしてどのような選択肢があるかということを集合を使って定式化して、どの選択肢の組み合わせでどれだけの利得が得られるのかを関数として表現します。要するに、状況を数学的に表現します。その上で、プレーヤーたちが合理的に振る舞うならば、こういう選択をするはずだということを演繹的に、つまり、数学の証明のように推論を積み重ねていく形で導き出します。ある種のもっともらしい仮定から、推論を積み重ねていって、どういうことが起こるかを定理として導き出すんです。
では、科研費での研究内容を教えてください
2015年からの科研費では交渉理論という分野の研究をしました。ある一定の期間があって、その期間ごとに何かを交渉で決めないといけないという状況を考えてみます。たとえば、夫婦で家事の役割分担を話し合って決めるとします。結婚した時点で決めた役割分担が死ぬまで続くということはほとんどなくて、見直しをする機会が出てくるはずです。役割分担をしてから見直しをするまでの期間のことを「期」と呼ぶとして、毎期ごとに家事分担について交渉するとします。普通は交渉というと、話し合いがまとまらなければ何も実行することができませんが、家事分担であれば何もしないというわけにはいかないので、話し合いが決裂したとしても、だいたいは前の期にやってきたことをそのまま今期でもやるというのが自然ですよね。交渉が決裂したときに、前の期に実行されたことがそのまま実行される選択肢だと考える交渉を数学的に定式化しました。
理論的な結果としては、長く夫婦関係を続けていくと、いずれは初期時点の立場の強弱の影響が完全に消え失せることになりました。さらに、「一度合意されたらそれが永遠に続くという既存の交渉モデル」で起こる結果に収束していくことが証明されました。
分析の具体的な方法としては2つのステップがあります。まず、自分のなかで現実と対話しながら、本質的に重要であると思われる点を抽出し、状況を適切に数学的に表現する方法を検討します。次に、数学的に定式化された世界のなかでどういう結果が起こるかを計算や証明で導き出します。前者はアートに、後者はロジックに関わる営みですね。先程の家事分担の例で言うと、自らの経験や現実の事例に照らして、どういった交渉ルールが現実的なのかを考えるという感じです。旧来の交渉ゲームでは、いったん決めた家事分担は永遠に継続しますが、それは現実的ではありませんよね。そういう状況ももしかしたらあるかもしれませんが、この家事分担の例であれば、毎期分担を改定するような機会がある方が現実的です。さらに、交渉が決裂した際、何らかの形で家事をせざるを得ず、差し当たって前の期での分担にしたがって家事を行うことになるでしょう。こうしたより現実的な状況をうまく表現するような数学モデルを作るというわけです。その上で、数学モデルのなかで起こる結果を演繹的に導き出します。
対して、2019年度からの科研費は、元々の専門である交渉とは違う分野で「コンテスト」の研究になります。例を挙げると、途上国の政治家が公共事業を計画し、業者は受注するために政治家にわいろを渡そうと考えます。そのわいろの額に応じて政治家が裁量的に業者選定をするということが起こります。そういった状況で、各業者がどれだけわいろを渡すのか、どの業者が受注することができるかを考えるのが「コンテスト」という分野です。
政治家としては可能なかぎり多くわいろが欲しいので、わいろの額に対して受注先を決めるルールをうまく設定することで、受注業者が得るうまみをわいろの形で全部搾り取ろうとするはずだろうと考えられます。そういった全部搾り取るようなルールが存在するか、存在するとすればどういう形かを証明する研究です。
ゲーム理論に興味を持たれたきっかけはなんでしょうか
学生時代から経済学、特にゲーム理論を含むミクロ経済学が非常におもしろいなと思っていました。社会はとても複雑なのでどうやって分析すればよいかわからないと思いますが、そこから状況を思い切って単純化して重要な要素だけを取り出し、シンプルな数学的なモデルを作ります。その上で、明晰な推論を積み重ねていくことで、もっともらしい結果が得られたり、そういう分析を重ねることで初めて見るような意外な結果が出てきたり、ということに非常に惹かれました。これを理由にするのは邪道な感じもしますが、ここには「美しさ」みたいなものがあると思っています。実証科学である経済学としては、結果がどれだけ現実を説明できているかがより重要ではあるんですが、ただ正直に言うと、そういった面以上に「美しさ」の方に惹かれるところがありました。私自身の研究は現実を説明できているか心もとないですが、ミクロ経済学全体で言えば、美しくかつ現実を説明でき、さらには有効な政策が提示されるということが非常に魅力的です。
科研費は成果ではなく手段である
科研費申請についてはどう考えておられますか
実は、あまり考えず当たり前に申請し続けている感覚ではあります。率直に言うと、私の研究分野はお金を使うことがほとんどないので、金銭面で絶対に必要というわけではありません。それでも毎回申請しているのは、科研費に採択されたという結果は、ほかの人に自分の研究を認めてもらったということで自信になるということが多少はあると思っています。あとは、自分なりに今後どういう研究をしていくかという方向性を4年や5年単位で考えられるきっかけになるという面でも意味があると思っています。
私は、科研費を取ること自体は成果ではなくあくまでも手段だと考えていて、研究者にとって最終的に成果となるのは論文の数と質なので、科研費の応募が自分の研究にとってプラスになるのであれば申請すればよいだけのことだと思います。今後の研究計画を考えるきっかけになる、不足している研究費を補えると言ったメリットが大きく、報告書などの作成をあまりデメリットに感じないというのであれば、申請すればよいですし、逆にそういった外部的な規律付けが必要なく計画的に研究を進められたり、研究費が不要だったり、報告書作成などの事務作業が非常に面倒だと感じるのであれば、申請や報告書などに時間を取られて、結局論文の質や量が減ってしまうというのは本末転倒だと思うので、必ずしも申請すべきだとは思わないですね。
ただ、科研費申請をするかしないかはキャリアの出発点での風土というところは大きいかもしれないなとは思います。キャリアの初期時点で科研費申請が当たり前という風土があると、自然とそうなっていくという感覚はあります。逆もしかりで、科研費申請をしないのが当たり前になっているケースもあると思います。そうした場合には、当たり前を見直す時間を少し作って、科研費が自分にとって、先程申しあげたように成果をあげる手段として有効なのかどうかを検討されてみてはと思います。
科研費で工夫されていることはありますか
みなさんおっしゃることだと思いますが、1つは「わかりやすさ」を心がけています。経済学者を前提にはしていますが、ゲーム理論以外の分野の専門家であってもわかってもらえるような平易な表現を心がけています。あとは、簡潔な表現を用いて、できるだけ行間をあけたり、箇条書きを使ったりして、ぎっちり詰まっている見た目にはしないようにしています。もう1つは、予備的な研究をするなどして、応募の段階である程度見通しを立てておくと、審査員に対する説得力が増すと思います。特に基盤研究(C)であれば、堅実な形の方が審査員には訴えるものがあるのではないかと思います。
科研費が変わってほしいと思うところはありますか
現在の科研費制度を大きく変えなくてはいけないので、あくまでも淡い希望として聞いていただきたいのですが、藤田医科大学の宮川剛教授が、基礎的な経費は基本的には過去の実績に基づき審査するという制度がよい、とおっしゃっていたことに非常に共感を持っています。今の研究課題ベースの制度では、研究計画書の作成やその審査、採択後の報告書の作成と、大変なコストがかかります。これを研究実績ベースの制度に変えれば、こうしたコストを大幅に軽減できると思います。経常的な研究に使う研究費であれば、過去の業績から研究者の研究遂行能力を判断できますし、実施報告も研究期間にあげた業績を見れば一目瞭然です。要するに、最終的なアウトプットである論文の質や量だけを見てすべてが回っていくような制度になれば、シンプルで効率的ですし、おまけに審査の精度も高くなると思います。ただ、これはある程度キャリアを積んだ研究者の経常的経費を対象とすべきで、実績のない若手研究者や挑戦的な研究については研究計画に基づいて判断されるべきだと思います。
関連リンク
- researchmap
https://researchmap.jp/tkawamori - 科学研究費助成事業データベース(2015-2018)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15K17028/ - 科学研究費助成事業データベース(2019-2023)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K01563/ - ORCID
https://orcid.org/0000-0001-9122-8358