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研究成果トピックス-科研費-

地理学はモノの見方であり、理解の仕方である

杉浦真一郎(都市情報学部・都市情報学科・教授)

公開日時:2022.10.05
カテゴリ: 地域包括ケア 介護保険 広域連合 日常生活圏域 地域的枠組み 行財政

研究情報

期間

2018~2021年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

18K01158

課題名

行財政システムの持続可能性を展望するための望ましい地域的枠組みに関する探究

期間

2022~2025年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

22K01068

課題名

2025年問題を見据えた地域包括ケアをめぐる圏域再編のあり方に関する地理学的探究

取材日 2022-05-17

高齢者福祉サービスや介護保険を通して、地方自治体の行財政について研究されている都市情報学部・都市情報学科の杉浦真一郎教授にお話を聞きました。

地理学にはフィールドワークが欠かせない

科研費で今まで行われていた研究とこれからの予定を教えてください

2022度から採択された科研費では、各市町村の地域包括ケアシステム(高齢者が住み慣れた地域での生活を継続できるよう支援する総合的なサービス提供の仕組み)がいかなる地域単位で展開し、またどのように再編されてきたのかを調査する予定です。地域包括ケアでは、支援の拠点となる地域包括支援センターごとに担当エリアが設定されていますが、そのエリア区分の方法は市町村ごとに異なります。近年の都市圏では高齢者の増加によって必然的に相談件数も増えており、地域包括支援センターによるきめ細やかな対応が求められるようになっています。そのため、既存のエリア区分を細分化して拠点を増やす自治体も少なくありません。そうした圏域再編の様子を観察していくなかで、どのような圏域の分け方をするとうまくいくのか、今後いかなる増やし方があるのか、といった課題設定をして、最適な再編モデルを提示したいと考えています。2006年度に創設された地域包括支援センターをめぐって、担当するエリアの変遷や増加数を整理して全国の動向を把握することが今年度中の目標です。

 

2018年度からの科研費はその前段階となる研究で、コロナ禍もあって思うような調査活動ができなかったのですが、そこでも地域包括ケアシステムがどのように展開しているのかを調査しました。たとえば、福岡県の隣り合う2市では、一方は見直し時にエリア分割がなされ、他方は分割の案は出ていたものの実行されませんでした。また、三重県の2つの市でも分割再編した事例があったので、名古屋から近いこともあり、頻繁に現地調査を行いました。地域包括ケアが始まった2000年代半ば頃に比べると、近年は高齢化の進展につれて介護施設を運営する法人の新設が相次いだことで、地域包括支援センターの委託先の候補が増えてきています。そのため、エリアを細分化して、拠点となる地域包括支援センターを増やそうとする動きにつながっています。高齢者人口が一定数以上いる大都市圏の自治体では、今後こうした傾向が強まると予想しています。

 

このテーマで研究をはじめたきっかけは何でしたか

私が大学院に進学した当時、日本の地理学では高齢者福祉に関する研究はほぼ皆無でした。しかし、イギリスの地理学者による公共サービス全般に関する訳書が1990年代初頭に出版されていたことから、誰もやっていない研究だけれど面白そうだと思って始めたのが最初ですね。院生時代は主に、サービスが豊富な町とそうでない町という地域差や、地域差ゆえにサービスを利用する目的で人々が地域間を移動する実態を調査・分析しました。

 

このように、地域差の存在に注目したり、人の移動などから地域間の結びつきを理解したりすることが地理学的なモノの見方の基本です。「地理」がどういう学問であるのかは世間であまり知られていないので、地理と福祉が一体どう結びつくのかとよく質問されますが、地理学は地表面上で生じている自然・人文・社会にわたる万物を研究対象にする総合学と言われます。このことは、高校生の地理の教科書を見てもわかります。地形や気候などの自然や環境問題から、資源や産業、都市、文化や民族、国際関係など、考察する対象がとても幅広いのが特徴です。

 

また、2022年度の高校1年生から必修科目となった「地理総合」は、ICT社会の到来と関係する「地図と地理情報」、グローバル社会で必須となる「国際理解と国際協力」、そして多発する災害や少子高齢化の現代社会における「持続可能な地域づくり」の3本柱で構成され、本学の多くの学部学科の学びとも直結する総合的な科目です。こうした多様なテーマを総合的に俯瞰しつつ、個別の専門的テーマについて研究する地理学において、私の場合は地方自治体による行財政に関心をもち、特に高齢者福祉の分野、2000年度以降で言うと介護保険制度によるサービスの需給関係や、制度を実施していく際の地域的枠組み(エリア区分)について研究しています。

 

コロナ禍で研究にはどのような影響がありましたか

多くの地理学者は、具体的な研究対象地域を設定して、実際に何度も現地を訪問します。いわゆるフィールドワークですね。何度も訪問することで調査対象の関係者に顔と名前を覚えてもらって、いろいろな話を聞けるようになると、明らかに調査の精度が高まります。ですから、コロナ禍でフィールドワークがほとんどできなくなったのは、かなり痛かったです。最近は、行政の情報もインターネットで入手できる部分がありますが、インターネット上で公表されていない情報にこそ重要な糸口が隠れていることは珍しくありません。しかし、面識のない相手に電話やメールで一方的に「データをください!」とか「Zoom会議お願いします!」と依頼しても、よい結果は望めませんよね。市役所など調査地域の各機関では数年ごとに担当者の異動もあって、その都度関係を構築する必要があるため、やはり現地への継続的なフィールドワークは欠かせません。


研究するなかで次のネタが見つかる好循環が生まれる

科研費についてのお考えをお聞かせください

科研費の「アイディア」は、普段の研究活動のなかから新たな課題が見えてくることがあり、私の場合は申請書を作成する段階から考え始めても難しいと感じます。その意味でも、科研費や学内外の各種助成に採択されていれば、研究を進めるうちに新しいネタが自然と見つかる好循環が生まれやすいと思います。私自身、2022年度からの研究課題は、2018年度からの科研費の調査過程で見つけました。

 

また、書面審査だけの研究種目の場合、一読して理解してもらえる書き方が採択の可否を大きく左右すると思います。審査委員は、学問分野や研究領域が同じであったり近かったりしても、申請者の頭のなかにある具体的なテーマにまで詳しいわけではないので、申請書の内容を理解してもらい、共感を得ることが重要です。研究課題のアイディアにどれほど素晴らしい新規性や面白さがあっても、読み手がそれを理解できなければ審査でよい評価にはつながらないと思います。ある先生は若い頃、「たとえば大学事務室の職員さんに申請書を読んでもらって、文章としてわかりにくいと感じる箇所を尋ねると、とても有益な指摘がもらえる」と指導教官に教わったそうです。不採択で再チャレンジする場合を含めて、こうした「専門外の目」を参照することは、「目からうろこ」になる可能性がありそうです。

 

私の場合、所属学会で知己の先生や同窓の先輩が審査委員によく選ばれていることも認識した上で言えば、特別研究員(PD)奨励費から現在の基盤研究(C)まで、幸いにも何回か科研費が採択されたのは、ひとえにわかりやすい日本語を書くことの重要性を若い頃に指導されたお陰だと思っています。日常の会議などの場面では簡潔明瞭で説得力のある説明がとっさにうまくできない私でも、科研費の申請書ならば何度でも修正が可能なので、少しでも読み手に伝わりやすい文章にできるはずと信じて書いています。もちろん、不採択の経験も2年連続を含んで計4回あるなど、常にうまくはいきませんが、申請の権利を行使しなかったことが一度もないのは、これからも続けていきたい自分の目標です。

 

本学でも、科研費の申請率や採択率の向上が課題だと聞いています。個人的な願いとしては、大学や学部が若手研究者による申請や採択を大いに顕彰する仕組みを整え、また中堅・若手の研究者が自らのお仕事の1つとして科研費申請を無理なく習慣化することにつながる環境整備が進めばと思います。現在は、KAKENのページで検索するか、学内のWEBサイトのどこかを探さなければ、同僚の誰が科研費を持っているかすらわからない状態ですが、採択者の顔ぶれのような基本的な情報を共有することで、特に若手の先生方の努力と成果を皆で喜び、称賛できたらと思います。情報のシェアが構成員の当事者意識やコミュニケーション機会の醸成につながると考えれば、採択者の顔ぶれすら知らずにいるうちは、科研費申請が教員間で話題になることは望み薄です。少なくとも年度ごとの採択者リスト程度の情報は、学術研究支援センターからのメールで発信してもらう方法もあると思います。同時に、たとえば申請書の下書きを同僚に読んでもらって感想を求めることが遠慮せずにできる雰囲気を日ごろから学内で作っていくことも、各部局における教授など私たち年長者の役割だと思います。


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