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- <開催レポート>「野依良治教授と若手研究者のトークセッション」を開催しました(2024/6/14)
名城大学 学術研究支援センターは、2024年6月14日(金)にノーベル化学賞受賞者の野依良治客員教授を迎えて、T-GEx(世界的課題を解決する知の「開拓者」育成事業)にアソシエートとして参画している本学期待の若手研究者3名とのトークセッションを開催しました。当日は、野依良治客員教授と、農学部・生物資源学科の黒川裕介助教、農学部・応用生物化学科の近澤未歩助教、情報工学部・情報工学科の野崎佑典助教が参加しました。
このトークセッションの前半は、T-GExアソシエートから、T-GExの趣旨や活動内容を紹介し、その後T-GExアソシエートそれぞれの研究内容を野依客員教授へ紹介しました。セッション後半は、全員でテーマに沿ってトークを行い、それぞれの個性や考えを話しながら、終始笑顔が絶えないクロストークになりました。
T-GEx(世界的課題を解決する知の「開拓者」育成事業)とは
異分野の研究者と交流できる貴重な機会
2022年度に名城大学から初めて参加した近澤助教から、T-GExについて紹介がありました。T-GExとは「世界的課題を解決する知の「開拓者」育成事業」の通称で、さまざまな分野の知を融合して新たな課題に挑戦し、世界で活躍する研究者を育成することを目的としていると説明しました。この事業には、名古屋大学と岐阜大学に所属している研究者が、プログラムの中心となるT-GExフェロー、名城大学を含む連携機関の大学や企業の研究者は、協力関係となるT-Gexアソシエート、として参加しています。近澤助教は「メンバーは主に30代で、理系が多数ながら、さまざまな分野の研究者で構成されており、名城大学からは本日出席している3名が参加している」と話しました。続いて、主な活動内容として「1泊2日のリトリート合宿があり、研究内容をプレゼンしてお互い理解し合うことをしている。T-GEx 内での共同研究実施が⽬標の1つになっているので、アイデア出しの側⾯もある。そのほか、同世代で仕事に関する悩みを共有し、解決のための意⾒交換をする企画もある。異分野の研究者との交流は非常に新鮮だった。研究融合はなかなか難しいが、できるだけ考えてみようということで、新たな研究分野を開拓しようとする試みもとても新鮮だった。それぞれ所属する⼤学や企業は異なるが、共通した悩みもあり、それを共有できただけでもすごく助けになった」と話しました。
ほかにも「2年前に『T-GEx研究成果エキシビション』という研究成果発表会に幹事として参加し、企画運営に最初から最後まで参加するという初めての経験ができた。今後、学会運営に携わることもあると思うので、この経験を活かしたい。また、その幹事がきっかけで、名古屋⼤学の研究者と共同研究を実施することができた。2 年間やってみて感じたのは、⼯学分野と農学分野は、想像していたよりも融合できる余地があるということ。農学は実験に必要な装置や技術の不足、⼯学は細胞や⽣物を扱うハードルの高さという困りごとがあるので、うまくニーズを共有できれば、共同研究が進むのではないかと感じた。個人的には、申請書作成や計画段階において、⾃分だけでは思い浮かばないような⾊々な意⾒が得られて⾮常に貴重な機会だった」と話しました。
最後に「普段、同世代の研究者と知り合う機会があまりないので、T-GEx は⾮常に貴重な場で、いろいろな問題が共有できることが大変有意義である。異分野の研究者との交流を通じて、⾃らの研究を発展させられるよう取り組んでいきたい。また、研究の発展はもちろんのこと、名城⼤学内でもこのような学部を超えた繋がりを⽣かしていきたい」と話しました。
野依客員教授からはT-GEx参加の経緯について質問があった後「研究の交流や知識交換だけでなく、共通の悩みや楽しみを直接会って話せる相手がいることは非常に貴重。こういうプログラムに参加すると、時間は取られるけど、人生が豊かになるんじゃないか。最近は何でも効率の良さが最優先になっているが、実は効率の悪いことほど楽しい。研究もうまくいかないことが多いからこそやりがいがある」とコメントがありました。
T-GExアソシエートの研究内容を紹介
情報工学部・情報工学科 野崎 佑典 助教
名城大学の出身である野崎助教は、本学の大学院生を対象として開催されていた『野依セミナー』に2018年に参加したことから話を始めました。野崎助教は、情報セキュリティ分野、特にハードウェアセキュリティを専⾨としています。私たちのごく身近となったインターネットはたくさんの情報をやり取りするので、ほかの人に情報を盗み取られたり、中身を書き換えられたり、というような脅威がたくさん存在しています。その対策となるセキュリティ技術の1つに、コンピュータなどのデバイス上での情報の安全性にフォーカスした『ハードウェアセキュリティ』と呼ばれる分野があります。野崎助教は「そのなかでも特に暗号化技術に取り組んでいる。暗号化は情報を違うものに変更して中身を読み取られないようにする技術で、ここで重要となるのは、暗号化する時と戻す時に必要になるカギの情報。このカギがほかの人にバレなければ、一般的に安全性は確保できると言われている。しかし、暗号が数学的に安全でも、デバイスに実装した際の消費電力や電磁波・時間などの物理情報をもとに、カギの情報を解析されてしまうサイドチャネル攻撃というものがある。こういった攻撃の対策技術を研究している」と話しました。
また、野崎助教は「特に最近注目しているのは、IoT(Internet of Things/モノのインターネット)とAIセキュリティの2つ。IoTは家電製品などのさまざまなモノがネットワークに繋がる技術のことで、小型のデバイスにもそれぞれセキュリティが必要になる。暗号自体も小型化が必要で、この軽量暗号においても特性を損なわないような対策が必要になる。また、AIセキュリティは、人工知能自身のセキュリティのこと。実は、人間が見ると明らかにおかしいのに、AIだけがだまされてしまう画像を作れてしまう。そうすると、たとえば自動運転で危険を検知できないなどの誤作動が起こってしまうので、そうならないようなAIを作る必要がある」とさらに自身の研究について述べました。
農学部・生物資源学科 黒川 裕介 助教
黒川助教は、名古屋大学大学院在籍時にタイのチュラロンコン大学に訪問し、野依客員教授の特別講演を聴講したと話しました。一緒に写った集合写真を見ながら「この時の経験や出会った人との縁が大きな糧になっている。今後もT-GExでの国際的な活動はもちろん、将来的には本学の学生にもこういった機会を提供できるよう活動していきたい」と話しました。
次に自身の研究について「収量増加や豪雨・高温への耐性を目的に、遺伝子に注目したコメの品種改良の研究をしている。イネはトウモロコシや小麦などよりも耐水性が非常に強い作物で、その理由の1つが『ガスフィルム』という空気の層を葉の周りに持っているからだと言われている。このガスフィルムを介したガス交換によって、水中でも呼吸や光合成が可能になり、植物が生存できるという仕組み。その耐水性をさらに強化する取り組みが自身の研究テーマの1つである」と話しました。黒川助教は、まず初めに、イネの耐水性のメカニズムを解明するために、ガスフィルムを持たない突然変異体を探索しました。撥水を失ったdrp変異体を見つけ、生理学のアプローチで耐水性機構の解明に取り組みました。具体的には「ガスフィルムは空気の層なので水中では浮力が生じる。通常のキンマゼという品種とdrp変異体の重量を測って比較することで、ガスフィルムの有無を数値化することができた。これによって、drp変異体は冠水後にガスフィルムがなくなるということを明らかにすることができた」と黒川助教は説明しました。また、別の実験では「水中でガス交換ができないことで光合成量が減少し、それが原因の1つとなってdrp変異体は生存ができなかったという結果を得たことで、ガスフィルムの重要性を証明できた。ガスフィルムのない変異体では、ワックスを合成する遺伝子が壊れていて、ワックスの主成分である脂肪酸やアルコールが減少していた」と黒川助教は説明し、今後もストレスや高温に強いイネの研究を進めていきたいと話しました。
農学部・応用生物化学科 近澤 未歩 助教
近澤助教は、自己紹介として「管理栄養士の養成課程を卒業した後、名古屋大学で学位を取って、2020年に名城大学に赴任した。本学の農学部学生は女性が半数以上で、教員は40名程度在籍している」と話しました。自身の研究テーマは「食事について『健康に良い』『健康に悪い』と良く言うけれど、この『健康に良い』というのは具体的にどういうことなのか、どういう食事を『健康に良い』というのか、食事によって病気の予防につなげたいという思いがある」と話しました。
「高齢化や食の欧米化によって生活習慣病が大きな問題になっている。医療費削減という観点では国レベルの問題でもあるし、個人レベルでも食に関する興味や関心が年々高まってきている。2015年に制定された『機能性表示食品制度』によって、たとえば、内臓脂肪を減らすというような食品の機能性表示が可能になった。そのなかで『免疫』は注目されている機能性の1つで、免疫機能のサポートを目的とした商品がすでに多数販売されている。自身の研究としては、さらにその基礎の部分、どういう成分にどんな効果があるのかを分子レベルで明らかにし、細胞や動物での効果を検証するということをしている。特に注目しているのは、免疫系が高度に発達した腸管における『抗体』である。抗体は、病原体などの抗原に結合して、病気の感染や細菌の増殖を予防するので、健康を維持するためには、抗体が適切に産生されることが不可欠だと言われている。しかし、抗体の種類や質に関しては、はっきりとわかっていないことが多い。『抗体レパトア』と呼ばれている腸管内に存在する抗体の集団は、さまざまな刺激によって常に変動していると考えられている。この抗体レパトアを解析することで、健康状態や病気の前段階がわかるようになるのではないかと考えている。このように、食と抗体のつながりを明らかにすることで、食事の変化が免疫系にどのように影響して、病気の悪化や進行に関わっているのかを解明したい。最終的には、病気を未然に防ぐことに貢献できたらと考えている」と述べました。
身近な話題に繋がる研究が多かったこともあり、野依客員教授をはじめ、発表者以外の2名からも自然とさまざまな質問があり、終始笑顔の絶えないトークとなりました。
トークセッション
ウォームアップ「あなたの頭の中を書いてみてください」
研究紹介の後、コーヒーとスイーツで一息つきながら、ウォームアップとして、少し変わった話題でトークセッションを開始しました。20年近く前に流行した『脳内メーカー』になぞらえて、自身の頭のなかは何で占められているのかをボードに書いてもらいました。残念ながら、授業のために途中退席した野崎助教を除く3名とも、とても真剣に書き込んでいました。
できあがった『頭の中』は、それぞれの個性が光るものとなりました。近澤助教は頭を大きく4分割して「最近、『趣味』で始めた書道。ほかには『⾷と健康』。⾃分の健康はもちろん、授業や研究でも関わってくるので。あとはやはり『授業』と『研究』」と説明しました。黒川助教は中心に置いた『大学』の周りにたくさんの項目を書いて「まずは⼤学の授業・運営・研究。ほかにも睡眠は大事だし、趣味の野球やバスケットも。学生と一緒にやることもある。音楽も好き。あとはやはり研究のテーマが大部分を占めている」と説明しました。終始ペンが止まらなかった野依客員教授は「最大の関⼼ごとは⽇本の行く末。そのために社会の動きや、若い世代、教育のことを考えている」と説明した後、「スポーツや芸術も好き。最近はタイパ(タイムパフォーマンス)などと、何においても効率が重視される傾向にあるが、文化は効率度外視。目標実現にとことん打ち込む芸術家を尊敬する」と話しました。
黒川助教から研究へのスタンスについて質問を受けた野依客員教授は「研究はおもしろいからやっている。効率は考えていないし、ターゲットも時と共に動く。研究者とは『旅人』のようなもので、目的地に到着することよりも、その途中の出会いを楽しむのが良い。その道中で当然選択を迫られるが、自身は計画合理性というよりも、ひらめきや直感を重要視してきたと思う。巡って来た幸運をキャッチする能力『セレンディピティ』が大事だと思っている」と答えました。続けて「何事も知性だけでは不十分なので、感性を磨く必要がある。それには多様な人たちと会うことがとても大事。また、今後AIの進展は間違いない。おそらく人間はAIやコンピュータとの単純な競争には負けてしまうだろう。しかし、下手でも自分でやること自体が楽しいはずだ。AIもコンピュータもあくまでも道具だ」と述べました。
トークテーマ①「いま一番欲しいもの」
野依客員教授は間髪入れず『自由』と書いて「スケジュールをこなすことで精いっぱいの日々だ。たとえば、1時間の講演を依頼されると、その準備のために20時間は欲しい。しかも質の良い時間でないといけない。知識や経験を頭の中に詰め込んでいるので、それを整理しながら進める。これは大変だが、結局は生きがいになっているのだろう」と話しました。原稿や論文の執筆に関する話のなかでは「有名な雑誌に論文が掲載されることに注力しがちだが、どの論文も審査員がいて、研究内容と共に研究者そのものが評価されている。いつも立派な成果が出るとは限らない。大げさな表現を避け、折り目正しい論文を出すことが大事で、その積み重ねが人として国際的な評価につながる。論文が通る・通らないよりも、自分がどのくらい研究社会で信用されるかが大事だと思う。できれば人生を語り合う人とのつながりが信頼関係につながるので大事にするべきだと、長い経験から思う」と野依客員教授は話しました。
それぞれの欲しいものを時折笑いを交えながら話し合った後に、話題はどんどん変わっていきました。『学問の自由』という話題では、ほかの参加者の質問に都度答える形で、野依客員教授が「憲法23条で保障されている『学問の⾃由』は、成果を発表して、その水準と公正性が評価されて初めて得られるもの。逆説的に言うと、この『自由』には、活動を発表しなければいけないという強い拘束力がある。でも産業界や国家公務員には当然、成果公表に厳しい制限がかかる。産官学連携を進めるうえで問題になるのは、資金の出所でもなく研究の水準でもなく、異なるどちらの規範に則るのかということになる。産官学連携を成功させるためにはこの辺りの真剣な議論が必要になる。昨今、国際的に経済安全保障環境が厳しさを増すなかで、有効な協働プラットフォームを作って、しっかりしたガバナンスで取り組まねばならない」と話しました。
そのなかで例として挙げられていたのはアメリカの大学の研究者で、大学からは1年のうち9ヶ月間だけ教育研究に対する報酬を受け取っていて、残りの3ヶ月は別の仕事をやっても構わないそうです。もちろん透明性が求められ、届け出は必要ですが、職業の自由が保障されています。日本も、クロスアポイントメントを含めて、大学と研究者が多様な契約ができると良いだろうということでした。
『若者は海外へ出るべきか』という話題では「大学教員も学生も、一般市民も自由人だ。若者はアンテナが高いので、雑談をしているなかで、自分たちの将来が見えてくる。そういった合法的インテリジェンスが重要。毎年アメリカで博士号を取る人数は、中国から6,500人、インドから2,500人、韓国から1,200人だが、一方日本は120人しかいない。アメリカで6年間を過ごしてできる人脈を考えるだけでも、圧倒的な差が生まれていることは間違いない。これは日本において特に議論すべき問題だと思う」と野依客員教授は話しました。その後、大学の役割についても話が進みました。
トークテーマ②「研究者になっていなかったら」
野依客員教授は「研究者になったのは必然だろうか、偶然だろうか。いくつもの分岐点を経て、気づいたらこうなっていた。子供の頃から研究者になろうとは思っていたけれど、知力より腕力の方が自信があった。若い頃は一定の成果が求められるプロの研究者というよりも、好奇心に導かれて化学を楽しむアマチュアだったと思う。効率など考えずに、がむしゃらに研究に取り組める貴重な体験だったと思っている」と答えました。その分岐点や、研究者となるまでの経緯の詳細は前回(トーク会「野依先生と研究について話をしよう」)を参照してください。
最後はそれぞれの人生を振り返りながらのトークとなり、野依客員教授が「『クオリティ・オブ・ライフ(QOL)』と言う言葉は、よく『⽣活の質』と訳されるけれど、私は『⼈⽣の質』が⼤事だと思っている。私たちの時代は『⽣活の質』はものすごく悪かったけど、今振り返ってみると『⼈⽣の質』は良かったのではないかと思う。もちろん結果論であるけれど。『人生の質』を高めるためにがんばりましょう」と締めくくりました。