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<イベントレポート>「野依先生と研究について話をしよう」を開催しました(2024/2/28)

公開日時:2024.04.06
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名城大学 学術研究支援センターは、2024年2月28日(水)にノーベル化学賞受賞者の野依良治客員教授を迎えて、若手研究者とのトーク会「ノーベル賞の野依先生と研究について話をしよう」を開催しました。当日は、若手教員や博士課程の学生、博士課程進学予定の修士課程学生など14名が参加しました。

 

はじめに、小原 章裕学長と小高猛司学術研究支援センター長から、あいさつと野依教授の紹介がありました。小原学長は「過去に開催された野依セミナーに私も参加してきたが、印象に残ったお話がたくさんある。本日も若手のみなさんの実りのあるものになると思うので、それを糧にますます今後もがんばってほしい」と述べました。続いて、小高センター長は「本学は2026年に100周年を迎え、『中部から世界へ 創造型実学の名城大学』というビジョンを掲げて、実行力・実現力を備えた創造的な若手人材の育成に取り組んでいる。本日はトーク会と銘打っているので、気軽にお話いただき、野依先生の研究哲学などを肌で感じて欲しい」と述べました。

 

野依教授はトーク会の前提として「明日の社会を担うのは自分たちだと思って生きて欲しい。時代はどんどん移り変わっていくので、自分たちはどう生きてくのかを俯瞰で見て、自分自身で決めて欲しい。今日はたくさん質問があると聞いているが、私の答えることはあくまでも私の時代のことなので、それを咀嚼(そしゃく)してみなさん自身ががんばってほしい。みなさん自身ががんばらないと日本は生きていけないんだから。先輩たちに導かれつつ、自分で生きる道を決めてほしい」と述べました。

 

その後、「研究ビジョン・哲学」「研究能力・資質」「研究者としてのキャリア形成」「よりよい研究環境作り」「研究テーマ」「ノーベル賞受賞の経緯」の6つのテーマで、参加者全員から自らの現状を踏まえた質問がありました。そのなかから、いくつかご紹介します。

 

研究ビジョン・哲学(研究者になったきっかけ)

『国破れてサイエンスあり』『オンリーワンはナンバーワン』『自学自習』

将来どんな道に進むか迷っていると話した参加者に対して、野依教授は「最後は自分で決めないといけないけど、人生はなかなか思い通りにはならない。私の場合は、戦後すぐに小学校に入学して食べ物も何もないというところを歩んできた。中国に『国破れて山河在り』という言葉があるが、自分にとって日本というのは『国破れてサイエンスあり』だ。敗戦から4年経った1949年に湯川秀樹先生がノーベル物理学賞を取られて『サイエンスというものがあるのか!』と衝撃を受けた。それが一番大きな出来事だった」と話しました。

 

続いて、「ハーバード大学で世界中から集まってきた研究者と接してみて、自分は人と違うことをやらないといけないと思った。世界にはすごい人がいっぱいいるので、競争してもなかなか勝てない。自分でユニークなことをやりたいと思って、いろいろなことに取り組んだ。そこにラッキーなことが巡ってきたという感じ」と述べた後、「どんなテーマをやるかは自分で見つけないといけない。自信がある人は、世間的に重要だと言われるテーマに競争して取り組めばいい。でもそれだとなかなか難しい。だから『オンリーワン』が良いと思う。『オンリーワンはナンバーワン』。気持ちいいよね、負けてないから。研究はおもしろいからやるわけで、自分で作った問題じゃないとおもしろくないと思っている」と話しました。

 

結果が出ないときはどんな心構えだったかという質問に対しては、「一番大事なのは『自学自習』。自分で勉強しないといけない。そして、うまくいかなかったときは、本当にやる価値があるのかを自分で判断しないといけない。行き詰ったのは、ひょっとしたら天からの贈り物かもしれない。だから、うまくいかなくても逃げずに徹底して考えないといけない。かえりみてそれでも価値があるということであれば、それは本当の課題で、克服できたら大成功ということ。重要なのは『事実の発見』ではなく『価値の発見』だと思っている。企業に勤めている人は、利益やスピードなどの別の目標があるので、その目標に至らないものはおもしろいと思っても捨てないといけない。だけど、研究者はそれを追究することを許されている。うまくいかなかったことはちゃんと整理して保管しておいて、一目でわかるようにしておくべき。すぐゴミ箱に入れずにどこか箱に入れておくことが大事だと思う。本当はもっと大きいことが横たわっているかもしれない」と話しました。

 

研究能力・資質(若手研究者の心がけ・やっておくべきこと)

『創造は想像から』『独創性』『共創力』『グループではなくチームを作る』『おもろいことをやれ』『良い友人』

研究の独創性・創造性向上のため、日頃から心がけていることや研究者に必要な資質については「創造は想像から生まれる。普段からつまらないことにも興味を持つ人が幸運をつかむことができる。人から習うばかりではなく、自分で突き詰めて考えることが大事。殻を破って規定の構造の外のことをやる」「独創性は他人とぶつかることが多いので、ぶつかっても気にならないようにしないといけない。現状の入学試験は分別力ばかりを養っている。分別力とは、与えられた世界のなかでの常識的な正解を培うこと。それを破らないといけない。でも破れたかどうかをわかるためには、基本的な分別力、世のなかの真理や原理は知っておかないといけない」などと答えた後に、「今はやっぱり『共創力』が大事。共創の場は多様性が大事だが、バラバラに置いていてもダメで、それをコーディネートする人が必要」「日本の共創の問題は、『チーム』ではなく『グループ』になってしまっている。『グループ』は日本語で言うと『群れ』で、ハチやアリのように同種の集まりだから生態的には有利に働くけれど、限界が明確にあって、新しいことをする気にならない。『チーム』は目的がある。中日ドラゴンズは『グループ』と言わないよね。『勝つ』という目的があって、そのために違った才能を持つ人たちが集まって、異なる技能を集約して野球ができる」「今の日本でイノベーションが生まれないのは、何かをやると決めたときに、それに必要なベストプレーヤを集める力がない。仲間でやろうとせず、科学や技術には国境がないのだから、国境を越えて最強のプレーヤーを集めるべき」と野依教授は熱く語りました。

 

研究については「関西の言葉で言うと、『おもろいことをやれ』ということ。『おもろい』は『おかしい』ではなくて、『可能性がありそうやな、おもろいやないか』と言わせないといけない」「入学試験は今までどれだけ勉強してきたかということを調べているけれど、本当は大学に来たらどのくらい伸びるかということで判定しないといけない。目利きが必要。大学全体としても優秀な研究者を盛り上げていくような風土を醸成しないといけない」とし、「友人は一生の財産。ハーバード大学で出会った友人が国際学会に呼んでくれて、発表の『場』を与えてくれる。私のつたないブロークンイングリッシュでも、強制的に集められて偉い先生たちが聞いてくれる。そういった場で公式にも非公式にもネットワークを広げることが大切」だと話しました。

 

また、論文については「日本で出される論文は年間7万本にもなる。その約半数は3回しか引用されない。1日のうちで論文を読む時間はどれくらいあるだろうか。聞くところによると、1日あたり40分ほどらしい。一生懸命集中しても1本読むために1時間はかかる。そうすると年間に300本しか読めない。著名な研究者ならまだしも若手研究者の論文は読まれない。多額の論文投稿料がかかっているのに、出される論文が多ければ多いほど読まれない。そういう不健全な状況にあるので、良い論文よりも良い仕事、良い研究をしないといけない。学会で認められるとか、技術に関係あるなら、ほかの人にコーディネートしてもらって付加価値を付ける」ことが重要であると伝えました。それを踏まえて「みなさんも受け身ではなく、力を結集して価値をあげることを考えないといけない。せっかく時間を使って研究するんだから、認めてもらいたいよね。そのためには知の旅人になって、良い人脈を作る必要がある。特にみなさんの年代ではつながりながら進めることはとても大事だと思っている。時間は有限だから、志ある人が集まって、お茶やお酒を片手に、バカ話でもいいから明日を語るというようなことをやってほしい」と呼びかけました。

 

研究者としてのキャリア形成(転機・ビジョン)

『高等教育は社会のためにもなる』『人材は社会全体で育てる』『人生は自分で決断しなければならない』

博士課程終了後の就職についての不安を語った参加者は、どんなビジョンを持って臨むべきかと質問しました。それに対して野依教授は個人のビジョンではなく、日本社会全体のビジョンとして「まず、高等教育は個人のメリットだけではなく、社会のためにもなるという認識を社会が持つ必要がある。ほかの国では大学院生には給料を払っているので、そこから始めないといけない。アメリカなどは、産業界や資産家から資金を集めている。自分たちが援助しているから、産業界や経済界の大学に対する期待が非常に大きい。日本は国がやればいいという考えが大半なので、産業界が大学院は役に立たないと言う。残念ながら一部は当たっていて、どうすれば社会の役に立つ人材が輩出できるかということに産業界も知恵を出してほしいと思う。国によってサポートの仕方はいろいろあるけれど、人材を育てることは社会全体でやらないといけないという気持ちが必要だ」と述べました。

 

ほかにも、このトーク会の前に著書を読んで来たという参加者は「あるとき、ひょっとしたら大学の研究者でやっていけるのではと思ったと書かれていたが、研究活動において転機になった時期やできごとを教えて欲しい」と問いかけました。

 

野依教授は「父が産業界で働いていたので、自分も大学を卒業したら産業界へ行こうと思っていた。でも全然勉強していなかったので、『大学院に入院して頭を治してもらおう』と大学院へ進学した。その後も博士をもらってから産業界に行きたいと思って、父に相談したら『大学に残るのは反対だ』と言うわけ。私の父も論文博士を持っているので『大学の先生をいっぱい知っているけど、国の支援がなくて環境が悪いから、大きな仕事はできないよ。産業界は良いテーマならいくらでも金を出してもらえるから、良い仕事ができるよ』と言われた。だけど、運命の出会いがあって、大学に残りたいと思っていた時に名古屋大学から招かれたという幸運があった。なかなか人は最初に考えていた通りにはいかない。いろいろな出会いを楽しんで、それを人生の糧として歩くほかないんじゃないかと思う。私の場合は、日本の経済成長があって、うまく時代の流れに乗れたというようなこともあった」と述べました。

 

続いて『運命の出会い』について、野依教授は「分子には右と左があって、エネルギーはそれぞれ同じで、片方だけを作り分けるというのは非常に難しい。それが人工的に55対45くらいでズレた。これはおもしろいと思った。55対45くらいでは産業的にはまだ意味がないけど、おもしろいので学術的に詰めていきたいと考えていた時に、名古屋大学から声がかかった。人生には分かれ道が都度来る、丁字路かもしれないし三叉路かもしれないけれど。どこを選ぶかは自分自身で決めないといけない」と答えました。

 

よりよい研究環境作り(博士課程学生の育て方・学部生への接し方)

『良い環境なくして良い研究はない』『求心力のあるリーダーが必要』『協調』『楽観的な人が伸びる』『放牧主義』

このテーマでは、まず、学部生、特に研究よりも資格取得への関心が非常に強い学生への接し方について、博士課程の学生から質問がありました。

 

野依教授は「名城大学の各学部や学科、研究室がどんな目的で教育をしているかによって違うと思う。外部に向かって宣言している大学や研究室の方針を受けて、学生が入ってきているのなら、その通りに育てなくてはならない。学生の希望や目的に反して指導するというのは難しいんじゃないかと思う」と答えました。そして、自らの経験として「私は修士を出てすぐに助手になったので、指導する学生たちと歳がそう変わらなかった。今まで友達としてやっていたものが、急に教える立場になって非常に困惑したけれど、毎日遅くまでああでもないこうでもないとやりつつ、たくさん一緒に遊んだ。非常にフラットでアマチュアだった。その頃は国際的にも研究はこうでなければということもなく、装置も貧弱だったので、アマチュアリズムが非常に良かったと思っている」と語り、「やっぱり、良い環境なくして良い研究はない。『良い』というのはいろいろな意味があるが、研究室それぞれではなく大学としてどうあるべきかという哲学が大事で、求心力のあるリーダーが必要じゃないかと思う。今、私が憂いていることは、私の時代は先生というのはどちらかというとメンターで、教育してアドバイスして育てることをしていた。でも、今は研究費をもらって研究しているので、『評価』される。そうするとメンターというより管理者やスーパーバイザーという立場になってしまう。研究がうまくいけばいいけれど、教育面では疑問が生じる。大学に対する評価の仕方の欠陥だろうと思う。評価して競争させれば、なにもかも良くなるかというとそうでもないんじゃないかと気がしている。むしろ協調、協調と言っても相互依存ではなくて一緒に価値を作っていく。全体を通した一体感が必要なんじゃないかと思う」と続けました。

 

若手教員からは、博士課程の学生の育て方についても質問がありました。野依教授は非常に難しいとしつつ「人それぞれだと思うけれど、楽観的な人が伸びるよね。義務的にやってるのは伸びない感じがする。大学院の学生がなぜ頼りになるかと言うと、勝手に変なことをしてくれるから。会社だとなかなか変なことはしてくれない。間違ったところからいろいろな成果が生まれてくるという気がする。成功している先生は放牧主義が多い。自由というよりはアナーキー(無政府主義)と言った方が良いかもしれない」と答えました。

 

研究テーマ(見つけ方・新物質合成の戦略)

『長期的な大きなテーマにチャレンジすることが大事』

博士課程進学予定の学生が「2本以上の論文執筆が修了要件になっている。3年で修了するためには、年に1本以上は論文を書かなくてはいけないということになる。どうやって独自性を担保しながら、限られた時間のなかで取り組むか、どう天秤にかけるべきかを悩んでいる」と不安と悩みを打ち明けると、「決まった期間に論文を何本出さないといけないというきまりはあまり賛成できない。これはあくまでも持論だが、何に対して学位を与えるのか。それは、その学生がどのくらい能力を伸ばしたかということで測るべきであって、論文の本数で測るべきではないと思う。論文を出せとなると、エベレストに登るのではなく、愛宕山に登るような癖がつくんじゃないかと思う。長期的な大きなテーマにチャレンジするのは非常に大事だと思う。指導教員同士が信頼でつながっていれば、その指導教員が良いと言うなら、学位を与えても良いと思うはず。そうなっていないから、客観的な証拠に論文を複数出せとなってしまうのでは」と野依教授は答えました。

 

続いて、自らの新しい研究テーマについて話をした若手教員に対して、野依教授は「大いに可能性がありそう」「とてもおもしろい」「なぜひらめいた?」と複数質問をしながら、興味深く耳を傾けていました。

 

ノーベル賞受賞の経緯

『最高に美しい分子』『日本人化学者』

「最初は不斉合成に対して批判の声があがった、うまくいかなかった、ということを聞いたが、その時はどんな気持ちで進めていたのか。自分は天然物合成をやっていて、うまくいかないとすぐにほかの手段を取りたくなってしまうのだが、そこをどう我慢して貫くべきか」という質問に対しては、「不斉水素化と言って、水素を使って医薬や生理活性の物質を左右作り分けることをやって、私自身は評価されたが、それは実はものすごく後発だった。1970年代くらいからアミノ酸の不斉合成が行われていて、この分野はもう終わったとされていた。それをもっと広く考えて狙ってやったことが、抜群の技術的・産業的な効果があったということで認められた。1966年にはすでに仕掛けを見つけていて、それをずっとやりたかったのだが、名古屋大学で仕事がうまく行きすぎてなかなか手を付けられなかった。最高に美しい分子を狙って作ることに時間がものすごくかかった。みんなドロップアウトしていったけど、私はがんばって1980年に成功したというのがはじまり」と答え、「その時に使っていたロジウムには限界があって、これをルテニウムにスイッチしたことで、圧倒的な汎用性と効果が得られた。ただ、おそらくそれに対して評価を得たのは、私自身ではなく、周囲の産業界の人たちが『これはいける!』ということでいろいろと協力してくれたから。非常に大きな産業的な規模で実施してくれたので感謝している。まずロジウム触媒を作るのに7年もかかって非常に苦しかったけど、そこまでねばれたのは分子が美しいと思ったから。多分、日本人的な美的感覚なんじゃないかと思う。自分のことを『日本人化学者』と呼んでいるのはそういういきさつだ」と野依教授は続けました。

 

日本人的な美的感覚の話として「対称性と言ってもいろいろあって、一般的に日本人は回転対称性や柔らかい形をわりと好むと言われていて、西洋人は左右対称性でガチっとしたものを好むと言われている。私も提灯や竹細工、竹林のしなやかさが好きなので、私たちを忍耐強く追及させてくれたのは、その感性も影響しているのではないかという気がしている」と語りました。

 

その後「ただ、私は常に自分のグループを持っていて、どうしてもうまくいかないとなった時も、そばでうまくいっているものがたくさんあるという状況だった。だから、みなさんにこうういうことを言うのはアンフェアな気がしている。私がずっと取り組んでいて、周りの若い人もだまされてやってくれたという感じ。シリアスに一本道を行くというのはなかなか難しいんじゃないかと思う」と付け加えました。

 

最後に

野依教授は「今日は考えや年代の異なるみなさんに会えて、私の思いを一方的に話してしまって反省しているが、そのなかからみなさんにとって役に立ったことがあればありがたい。最初にお伝えしたように、明日の世界に責任を持ってやっていただきたい。そのためには、個人がそれぞれの思いを実現することも大事だが、大学の雰囲気・環境を作ることも大事。大学が、みなさんのやっていることが報われる場であってほしい。それぞれのポテンシャルを持ったみなさん自身が、一緒に同じ方向に向かう、そういう場を作っていくことが本当に大事だと思っている。今日は話を聞いていただいて大変感謝している」と再度熱く呼びかけ、トーク会は終了しました。

 

 

その後の参加者アンケートには長文の感想が並びました。また、予定時間を超過した2時間半以上におよぶトーク会だったにもかかわらず、もっと長い時間あればよかったという声が複数あがり、満足度の高さがうかがえました。今後も新たな企画を進めてまいります。

 

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