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教育から社会へ向かうフランスの若者たち
五十畑浩平(経営学部・経営学科・教授)
- 公開日時:2022.11.01
- カテゴリ: フランス 職業教育 グランゼコール デュアルシステム 交互制職業教育 大学 キャリア
研究情報
期間 |
2016~2019年度 |
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種目 |
若手研究(B) |
課題/領域番号 |
16K17430 |
課題名 |
フランスの高等教育におけるデュアルシステム―職業教育の新たな潮流― |
期間 |
2020~2022年度 |
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種目 |
基盤研究(C) |
課題/領域番号 |
20K02951 |
課題名 |
フランスの高等教育におけるデュアルシステムーその多様性の解明― |
取材日 | 2022-06-06 |
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フランスにおける若年者雇用問題、職業教育、人材育成がご専門で、フランス独自のインターンシップ制度について研究されている経営学部・経営学科の五十畑浩平教授にお話を聞きました。
フランスではインターンシップが必須
科研費で今まで行われてきた研究を教えてください
フランスのインターンシップの研究を長く続けています。フランス語では「スタージュ」と言うのですが、これはフランスならではのもので社会に非常に浸透しています。博士論文では、このスタージュをテーマに、なぜ社会に根付いたのかを歴史的な背景から解き明らかにするとともに、近年噴出した問題を社会経済の変遷とともに分析しています。フランスの教育制度は日本とは違って、大学よりもひとつ格上のグランゼコール(工科大学校・商科大学校)が高等教育の頂点にいます。エリートの集うグランゼコールの卒業生は、最初から管理職として入社します。そのためには現場をあらかじめ知っておく必要があるので、インターンシップ制度であるスタージュができました。このようにスタージュは元々はエリートを即戦力となる人材に養成するためにグランゼコールで作られたシステムですが、それを大学や企業もこぞって真似をするようになりました。そのため、フランス社会全般でスタージュが大衆化し、いまや形骸化しているところも多いです。なかには、日本の外国人技能実習制度のように安価な労働力として企業に悪用されている場合もあります。
次に、スタージュとはまた違った職業教育の制度であるフランス版デュアルシステムに注目しました。これが直近の2つの科研費のテーマであるとともに、私の研究の両輪のうちの1つです。デュアルシステムと言うとドイツが有名なのですが、フランスでも教育機関での理論的な教育と企業での実践を組み合わせた教育が若者を中心にとても流行しています。デュアルシステムのなかでもアルテルナンスと呼ばれる見習い訓練制度は、元々は中等教育の職業訓練のようなもので、パン屋や電気工など手に職をつけるというイメージが強く、学校に行きながら現場で資格をとって就職するパターンが大半でした。それが最近は高等教育でも実施されるようになりました。今や高等教育の学生の方がアルテルナンスを利用する割合が高くなっており、ここ数年でイメージが大きく変わりつつあるところがおもしろいところです。ただ、ひとくくりにアルテルナンスと言っても、大学とグランゼコールでは全然中身が違うだろうと考え、その多様性に注目して科研費で学校種別の実地調査を予定していました。そんな時にコロナ禍になって実地調査へ行けなくなってしまったので、現状は文献での調査が主になっています。アルテルナンスの契約者数が飛躍的に伸びているのは、補助金や優遇制度の影響なのか、一過性のものなのか、どんな背景があるのか、また、コロナ禍が影響しているのか等、今後調べたいと思っているところです。
スタージュとアルテルナンスの違いはなんですか
大きく違うのは、スタージュは日本のインターンシップ同様、原則的には企業と個人とのプライベートな契約ですが、対してアルテルナンスはれっきとした政府の制度であり、企業と個人との間で正式な労働契約を結びます。報酬面でも、スタージュは最低賃金の3分の1程度しか支払われませんが、アルテルナンスは最大8割程度まで支払われるので、学生にとっては非常に大きな経済的メリットがあります。企業によっては報酬のほかに学費まで支払ってくれるところもあります。一方、企業には政府から助成金が出るので、互いに大きなメリットがあります。
また、どのような仕事に就くのにも資格が必要な資格社会のフランスにおいて、アルテルナンスは理論と実践を踏まえての資格取得が主目的であるため、課程を修了すれば、原則資格が取れます。スタージュは実務経験にはなりますが、それ単体では資格を取ることができません。
日本のように無給のインターンシップというのは存在しないのですか
無給はありませんね。厳密には2ヶ月未満のインターンシップには給与を支払わなくてもよいとされているのですが、支払われていることがほとんどです。また、インターンシップ自体が基本3ヶ月から半年の期間なので、日本のように1日や1週間などという短いものはありません。
ここにはフランスの特殊な事情があって、法律の関係上、フランスではいわゆる日本のような学生アルバイトが正式にはできません。学生の時にお金を稼ごうとすると、夏季休暇中の単発の仕事かスタージュくらいしかありません。このように、アルバイト代わりにスタージュに行くという側面があるので、雇用問題としてみるといろいろとネガティブな面もあります。
インターンシップは必須なのですか
グランゼコールと言えばスタージュと言っても過言ではないので、グランゼコールはほぼ必須です。一方で、大学の場合は、学部や課程によって大きく異なり、単位になるものとならないものがあります。アルテルナンスの場合、学校のカリキュラムに最初から組み込まれていて、週の半分は学校で勉強して、もう半分は企業で働くというように、交互で学校での授業と企業での実習ができるようスケジュールが組まれています。
フランスでは、労働市場のなかにすでにいる労働者はある意味安定しているけれど、今から入ろうとしている若者はとても苦労しています。若者の失業率は非常に高くて、学歴によってその割合は大きく変動しますが、4人に1人は失業しているという状態です。さらに非正規雇用の割合はフランス全体で16%ですが、若者に限って言えば50%を超えています。新卒一括採用は日本くらいで、フランスでは基本的には非正規雇用からスタートします。
これはフランスに限ったことではありませんが、一般的に海外では、就職するためにはどんな資格を持っているのかが重要になります。ですので、将来像をある程度決めたうえで、それに見合った資格が取得できる学部を選択していくことになります。そして、それにあわせて実務経験が必要になります。この点でスタージュが生きてきます。もちろん、アルバイト代わりにお金を稼ぐという側面もありますが、どちらかと言うと、スタージュで職務経験を積むことの方が重要だと思います。
日本のインターンシップは、学生は基本お客様扱いで、なかには会社説明会のような内容だったりして、形骸化していることが多いですが、フランスでは実質的には従業員の1人として扱われますし、就職の選考も兼ねています。
そもそもフランスのインターンシップをなぜ研究しようと思われたのですか
フランスへ語学留学した後にフランス社会を体系的に勉強するなかで、フランスの若者の雇用問題を卒論のテーマにしました。大学院での研究対象を検討しているときに、たまたま白い仮面をつけた学生たちがデモをしている映像を目にしました。彼らは労働者ではないので、顔がバレて解雇されてしまうことを恐れて仮面をつけていたのですが、スタージュに参加している学生がこうした弱い立場だということがわかって、具体的な研究対象として取り上げようと思い立ちました。
元々、若者がいかに教育から労働の世界へ行くのかに興味を持っていて、日本では年度が替わるタイミングで学生から社会人になりますが、フランスの場合はその移行に卒業後5年程度を費やしているというあたりがおもしろいなと思いました。日本の場合は就職できないと個人の責任にされがちですが、フランスの場合は若者は一般的に長期的就職に苦労とするという社会的なコンセンサスがあるのが、日本とは大きく違いますね。
研究目的の定め方に注力する
科研費についての思いをお聞かせください
科研費は研究職に就いてからトライし続けています。三度目の正直で採択されてからは、少しはコツを掴めたのかなと感じています。科研費は基礎的な研究にしっかりと助成されることが魅力的ですし、私の場合は海外での実地調査に費用がかかるので、それが科研費にトライする最大の理由ですね。自分の研究がその分野である程度認められているという証になると思うので、自信にもつながります。
申請書を書くのは論文を1本書くくらい大変だと感じていますが、私の場合はURA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター)の経験が、ある意味役立っているかもしれません。当時、研究者の科研費申請書を多数チェックした経験から、分野が違っても重要なポイントはあまり変わらないなと思いました。
あくまでも個人的な意見ですが、コツは最初の掴みですね。研究目的そのものがなにより大事だと思っています。目的の定め方は難しいですが、大風呂敷を広げてもダメですし、ある程度研究の魅力を感じてもらえるものでないといけません。そこのピントの合わせ方が一番難しいけれど、最も重要だと思っています。特に私の場合はどの分野で申請するかということをかなり悩みました。研究テーマが教育から労働にまたがっているので、経営学なのか経済学なのか教育学なのか悩んで悩んでいろいろと試した結果、落ち着いたのが今の高等教育学関連ですね。教育学で採択されているのは少し違和感がありますが、結果的に労働問題というよりは教育問題として取り上げた方が通りやすいことがわかりました。このあたりはやってみないとわからないので、分野はいろいろと検討するとよいと思います。
科研費の申請率を上げるにはどうしたらよいと思いますか
採択されればどういったアドバンテージがあるか、そのあたりをしっかりと作って、それらをもっとアピールするといいと思います。個人的には時間的なアドバンテージが欲しいです。たとえば、1週間に数日間は研究日が保障されるなど、部分的サバティカルのような制度が科研費と絡めてあれば、科研費に採択されると集中的に研究ができるというモチベーションにつながっていくと思います。
また、一般的に、科研費を獲得する前のいわゆるプレアワードの支援には比較的力を入れるのですが、科研費を取った後にあるポストアワードでの支援が手薄であること、さらに言えば、科研費の使い勝手が悪いことが課題だと思います。「研究支援」の原点に立ち返って、煩雑な事務手続きを簡略化し、できる限り研究者が研究に集中できる環境を作ってもらいたいと思います。ポストアワードの充実こそ最大のプレアワード対策だと言えるのではないでしょうか。
関連リンク
- researchmap
https://researchmap.jp/7000000005 - 科学研究費助成事業データベース(2016-2019)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-16K17430/ - 科学研究費助成事業データベース(2020-2022)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20K02951/