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来たるべき次のパンデミックに備えて
畑中美穂(人間学部・人間学科・教授)
- 公開日時:2022.10.28
- カテゴリ: 神経心理学的検査 災害救援者 消防職員 惨事ストレス 新型コロナ ストレス対策
研究情報
期間 |
2015~2019年度 |
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種目 |
基盤研究(C) |
課題/領域番号 |
15K04045 |
課題名 |
災害救援者の惨事ストレス耐性に関する縦断的検討:神経心理学的適性検査の開発 |
期間 |
2022~2024年度 |
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種目 |
基盤研究(C) |
課題/領域番号 |
22K03027 |
課題名 |
新型コロナ禍による救急活動のストレス:パンデミックに備えたストレス対策の提案 |
取材日 | 2022-06-01 |
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社会心理学がご専門で、新型コロナウイルス第5波での消防職員の救急活動について調査された人間学部・人間学科の畑中美穂教授にお話を聞きました。
コロナ禍において救急隊員は忘れられてしまった
科研費で進められていた研究を教えてください
私は消防職員の方々を対象に、災害等によって救援者がこうむるストレスについて、長年にわたり研究してきました。2015 年度からの科研費では、消防職員が衝撃的な現場活動から受けるストレス、すなわち惨事ストレスについて、記憶や認知に関する機能との関連を検討し、惨事ストレスに対する耐性を把握することを試みました。海外では兵士を対象とした先行研究が多いのですが、戦場でトラウマ的な体験をした兵士と、そうした体験をしていない兵士との間で認知機能を比べると大きく差があったり、記憶にかかわる脳の部位(海馬)の容積が異なっていたりする報告があります。従来、衝撃的なストレスによって認知機能の低下や脳の萎縮が起こるという解釈がされてきましたが、逆に、認知機能の高さが衝撃的な体験をした際のストレス反応の予測因になっている可能性を示唆する知見も提出されていて、どのような影響関係なのか、まだはっきりしていないところです。
消防職員は兵士ではありませんが、衝撃的な現場での活動によって惨事ストレスを受けたときに認知機能が下がるのか、それとも、もともと認知機能が高い人は低い人に比べて衝撃的な事案にもうまく対処できて、ストレス反応があまり生じないのか、について調べました。まだ入ったばかりの新人職員と、既に 10 年ほど経験のある先輩職員の両方にご協力をいただいて 3 年間の追跡調査をしました。
この研究や、それ以前の研究で、消防職員の方々とつながる機会を得ていたこともあり、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行で救急の現場がすごく影響を受けていることをもれ聞きました。病院が大変なことになって、医療従事者が大きな負担に直面しているということは流行初期から大きく注目されており、彼らを社会的に応援しようと様々なメッセージがメディアで取り上げられました。ただ、「医療従事者」と言うと医師や看護師のイメージが強く、救急活動に携わる消防職員は病院前救急という最前線を担っているにもかかわらず、人々の関心から外れてしまっていました。医師や看護師、病院職員には早くから慰労金が支給されて、メディアにも注目されているのに、救急活動を担う消防職員はすっかり忘れられていて何とも言えない気持ちになる、という話を今までの研究を通じて知り合った方からたくさん聞きました。小売店やスーパーの店員もエッセンシャルワーカー(人々の生活にとって必要不可欠な労働者)として目を向けられ始めた時点でさえも、救急隊員のことは忘れられているようでした。彼らは病院より前に傷病者に対応するエッセンシャルワーカーの典型なのにどうしてこんな状態なのか、何とかしたいけど何ができるだろうか・・・という気持ちで悶々としていました。
とにかく知られていないことを発信しないといけないと思い、新型コロナの流行第2波期にあたる2020年8月、共同研究者と共に救急の現場の状況を把握する実態調査を実施しました。調査への回答には、使い捨ての感染防護衣を破れるまで何度も洗って使いまわしている、という内容もあり、本当に驚きました。ほかにも、医師や看護師には慰労金が支給されたり、優先的に PCR 検査枠が確保されていたりするけれど、救急隊員にはほぼそういったことがなく冷遇されている、といった回答も散見されました。こうした切実な現場の状況を伝えるために記者会見を行って、メディアにも取り上げてもらいました。発表した調査結果をもとに、いくつかの消防本部がストレス対策を始めた、という報告をいただいて、とてもうれしく思いました。
それが2022年度に採択された科研費につながったのですか
コロナ禍が思いもよらないほどに長引き、第 5 波の感染者数の爆発的な増加に伴って、救急隊員の出場回数が増え、受入先が見つからない搬送困難事例の増加が社会問題になりました。救急隊員にとって搬送できない状態というのはすごく負荷がかかります。「病院搬送の困難さ」という問題が、これまでの流行期とは比べものにならないほど現場の救急隊員の負担になっているのではないか、長引くコロナ禍により、流行初期とは異なる問題が現場で発生しているのではないか、と考え、第 5 波直後の2021年10~11月に再度調査を実施しました。現場の課題を解決するための対策や、現場の要望と実際の対策との乖離、課題解決に対する障壁などを調査しました。
消防は総務省消防庁が統括しているものの、市区町村単位で本部があり、規模もそれぞれ異なるため、現場の課題に対して各本部が独自に試行錯誤するという状態になりやすい傾向があります。そのため、よい取り組みがあっても、集約されて広く周知されることが難しいんです。
歴史的に振り返ると、パンデミックと呼ばれるものは、規模に違いはあるものの 10 ~ 20 年の周期で起きているので、今後起こりうるパンデミックに備えて、病院前救急の組織はどのような対策を立てられるか、また何が有効なのかをこの時期に調べておかなければならないと思いました。今のうちに実態調査をして対策を立てることができれば、将来的に役に立つと考えて調査を進めているのが 2022 年度採択された科研費の研究課題です。
最初は今の救急の現場をなんとかできないかと思って始めた調査でしたが、将来的なパンデミックに備えて、即自的な問題解決だけでなく、病院前救急がどのような対策を取りうるのか、どのような準備をしていくとよいのか、もうすこし先の展望を持って救急活動の現場に役立ててもらえるような研究知見を還元したいと考えています。
救急隊員にも今は慰労金が出ているのですか
医師・看護師よりも遅れましたが、1 日 3,000 円を支給するよう人事院から勧告が出されています。しかし、現状は管理する自治体によって、各消防機関で支給額や支給の有無が異なる場合があり得ます。また、新型コロナ疑いの出場の場合、傷病者が結果的に陰性だと、出場時の対応や処置も精神的な負担も陽性の場合と変わらないにも関わらず、慰労金は支給されませんし、1 日に何件対応しても支給額は一律 3,000 円です。「医師や看護師とは待遇に大きな差がある」、「同じ医療従事者なのに冷遇されている」と救急隊員が感じるのも無理もないと思います。
そんなに差があるんですね
私も調査を実施して初めて知ったのですが、最初に傷病者と接する救急隊員の慰労金としてまったく見合っていないように感じました。調査の結果、コロナ禍による救急活動の負担には様々な内容があることが分かりましたが、救急活動に対する社会の理解や関心の乏しさによる心理的なストレスも大きいと思いました。社会が大変さをわかってくれている状況とそうでない状況では、同じ大変な活動でもまったく精神的な負担が違います。救急隊員も多くの負担や不安を抱えながら活動を継続していることを理解してくださる方が増えること、そして、感染症流行下での救急活動に伴う負担や不安が軽減される体制づくりが進むことを願っています。
高い壁を越えればたくさんのメリットがある
科研費に対してはどう思われますか
「研究者は科研費に申請するのが当たり前」という言葉を耳にしますが、科研費の申請書はほかの助成金に比べると分量が多くて大変で、長い時間をかけて一生懸命書いても不採択になることもあるし、申請の時期がくると憂鬱になることもあります。日々の業務に忙殺されて申請できなかった年もありますが、なんとなく後ろめたい気持ちになってしまうので、できる限り頑張って申請しようと思っています。不採択でも評価がもらえるので勉強になりますし、改善案を考える役にも立ちますし。そうは言っても、不採択だと結構へこみますが・・・。
でも、1つの申請課題に対して、複数年にわたって一定額の助成を受けられるということはとても有り難いことだと感じます。自分の思い描いている通りに研究を遂行していくためには、アイデアやフットワークだけではどうにもならないことがあるので。日々の業務の中で申請書を完成させて採択されるのはなかなか難しいのですが、うまくいけば、それまでの努力や不採択の時のすごくへこむ気持ちを帳消しにしてくれる、まだそれでも余りあるくらいのメリットがあると思っています。
関連リンク
- researchmap
https://researchmap.jp/hatanaka_miho - 科学研究費助成事業データベース(2015-2019)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15K04045/ - 科学研究費助成事業データベース(2022-2024)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K03027/