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研究成果トピックス-科研費-

言語知識のネットワーク

松村昌紀(理工学部・教授・教養教育)

公開日時:2022.10.19
カテゴリ: タスク 相互作用 第二言語発達 情報交換 言語使用 タスク・タイプ 多義語 知識拡張 意味ネットワーク 創発

研究情報

期間

2019~2022年度

種目

基盤研究(C)

課題/領域番号

19K00810

課題名

動詞の多義構造と類義語の分布に関する入力情報の波及と第二言語知識の創発

取材日 2022-04-14

タスクに基づく言語指導法*1に関する著作もある理工学部・教養教育の松村昌紀教授にお話を聞きました。

言語知識のネットワークのなかで起こっていること

科研費の研究内容を教えてください

まず、科研費で採択されている研究内容は、タスクに基づく言語指導法とは直接関係はなく、語彙の意味論を研究するものですが、問題意識は同じところにあって、自分のなかでは関連しています。他の人から見たら全然別のものに見えるかもしれませんが。

 

母語でも第二言語でも同じなのですが、言語の知識は、レンガのブロックが積み重なってできているというよりは、全体がネットワークのようになっていて、お互いに結び付いた上でいろいろなリンクが張られている、という前提に立っています。そうなると、新しい知識が入ってきたときに、ただ単にブロックが1つ積み重なるのではなく、ネットワークのなかでその知識が波及して浸透したり、思いもよらないようなところに思いもよらないような影響が表れたりして、新しいことができるようになる、わかるようになる、ということがあると思っています。従来の研究にもそういったことを示唆しているものはあったのですが、この研究は、“run”というたくさんの語義を持つ1つの動詞に焦点をあてて、学習者が今まで知らなかった意味の1つを知ったときに、そのほかの語義にどんなふうに影響が及ぶのかをまず明らかにしたいと思って始めたものです。1つの動詞についてのことですが、言語の知識のネットワークのなかで起きた新しいことがどんな影響を持ち得るのかということを広く知りたいという気持ちで進めています。

 

この研究がタスクに基づく言語指導法とリンクしているのはこの点です。言語の学習では、覚えたことを1つずつ積み重ねていくのではなく、言葉を使うという新しい経験をすると、ほかのことにもどんどん影響が及びます。つまり、頭のなかで言語知識が1+1=2ではなく、かけ算というか、どんどん広がっていくという形が、実際の言語発達のあり様を反映していると思うのです。それを理論的な方向に展開しているのが科研費をいただいて進めている研究だとご理解いただければと思います。

 

具体的にはどんなふうに進められたのですか

”run”のいろいろな用例を25個程度、本当はそうは使わないものと併せて、「これは正しい使い方ですか」と尋ねます。そのうえで、回答者のほとんどが「正しくない」と判断した用法のうち1つが実際に使われた新聞やニュースなどの電子コーパスを、回答者に具体的に示して納得してもらいます。その後にもう一度テストしたとき、ほかの用例の判断も違ってくる可能性があるだろうと仮説を立てました。

 

ただ、コロナ禍のために途中で対面での実験ができなくなってしまいました。それによって2回のテストの条件が大幅に異なってしまい、残念ながら信頼できるデータを得ることができませんでした。研究期間を1年延長したので、今年中になんとか見極めたいなと思っています。

 

科研費の申請についてどのように思われていますか

研究を進めるにあたって、海外の学会で発表するための旅費や、先程のようなテストの参加者に対する謝金、データの統計分析に対する謝礼などが必要なので申請しています。やりたいと思う研究があるならば、ほかの人にも申請したほうがいいと勧めますし、やっぱり自分のしたいことをするためには必要だと思っています。確かに申請書作成は大変ですが、それでもやっぱりいるよなと思って申請していますね。

 

研究費以外のところで言うと、申請書には年度ごとの研究計画を記載しないといけないので、きちんとした計画を立てるのが苦手な私にとっては、それによって必然的に研究の一定の見通しを持つことになるというのもプラスになります。

 

申請の際に工夫されていることはありますか

本学のアドバイザー制度を利用しています。本当に助かっていてありがたいです。最初に利用した際のアドバイザーの先生が、専門外にもかかわらずすごく丁寧に見てくださって、感激してお礼のメールを書いたほどです。2回目はその先生を指名して助言をいただきました。結果、どちらも採択されました。どこかでその先生に会う機会があれば、こんなに感謝している者がいるとお伝えください。


言語教育の方向性をよりよくするきっかけになれば

社会還元についてのお考えはいかがですか

言語学の研究というのは、社会還元が難しい分野ですよね。私たちは言葉を使って日常生活をしていて、それで充足していますから、言語のメカニズムを知らなくても生きていけます。それをどう社会還元するかはとても難しいところだと思います。先程もお話したように、科研費の研究は理論的な方向性の追究ですが、実際にタスクに基づく言語指導法を進めることのひとつの根拠にもなります。言語の知識はこういう性格を持っていて、こんなふうに広がって発達していくものだから、うまくそれとマッチするような指導法を取り入れていくことが有効なんですよ、と言えるということです。期待を込めて言うなら、これからの日本の英語教育、さらにほかの言語も含めて、今後の言語教育の方向性を少し変える力にはなるかもしれない、よりよくしていくためのきっかけにはなるかな、と思っています。

 

昨今の英語教育は会話重視、コミュニケーション重視と強く叫ばれていますが

例文をたくさん覚えて、こういうとき、こう言われたらこう言うと、丸覚えの文をただ繰り返すということだけが「会話」ではありません。今こうやって話しているように、自分の言いたいことを考えながら、一生懸命相手に伝わるように話す、「会話」というより「対話」ですね。そういった力をつけるためには、そのための指導法や学習法が必要だと思います。一方で、「文法と語彙のアプローチ」と呼ばれる伝統的な学校教育の方法論だけでこのようなことができるようになるわけでもありません。第3の道として、タスクに基づく言語指導法のなかに何らかの答えがあればいいなと思っています。


【補注】
*1第二言語習得研究において、学習者に達成させるべき課題(タスク)を与え、言語を「学習対象」ではなく、課題達成に必須な道具として経験的に使用することを学習者に求めることが最大の特徴、タスクの評価はその課題がどの程度達成されたかによって行われ、表現の正確さをそれに付随して高めていくことを目指す

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