9総合研究所30周年に寄せて第一篇名城大学総合研究所創立 30 周年記念をお祝い申し上げます。小髙所長から 30 周年記念誌に祝辞を依頼されましたが、私は 21 世紀 COE プログラム(研究拠点形成補助金)ナノファクトリー拠点リーダーおよびナノマテリアル研究センター名誉センター長(研究代表:丸山隆浩教授)に限定的な関わりであったため、少々躊躇していました。私は大学の計らいで勤務を続けており、総合研究所設立当時の名城大学理工学部の研究・教育活動を知る唯一の証人となりました。そこで、当時の状況を以下に記すことにしました。総合研究所は故丸㔟進先生(第 9 代学長)のアイデアを受けて 1994 年に設立されました。創設当時、私自身が名城大学で重要な研究活動をしていた時期と重なり、感慨深いものがあります。個人的な話ですが、カーボンナノチューブ(CNT)は 3 年前の 1991 年に発見されました。幸いにも CNT はナノサイエンスとナノテクノロジーの発展を促進し、今日に至るまで世界的な研究ブームをもたらしています。以下は、CNT 発見に至るまでの名城大学との関係についての紹介です。実は、私と名城大学とのつながりは更に 1982 年に遡ります。私の専門は電子顕微鏡を駆使した結晶構造の研究ですが、当時は名城大学には丸㔟進教授と上田良二教授といった電子顕微鏡の世界的な先駆者がおられ、上田教授は新技術開発事業団(現科学技術振興機構JST)ERATO の「林超微粒子プロジェクト」を立ち上げました。このプロジェクトは旧 4 号館 3 階の講義室を借用して実施され、私は米国で 12 年間学んだ後このプロジェクトに参加しました。4 号館 3 階には教養部の物理教室があり、上田、高須、中川、金子、安藤教授らがおられました。5 年間の研究プロジェクトは、微粒子(ナノ粒子)を観察するための高分解能電子顕微鏡の開発と微粒子の原子構造の研究、超微粒子の大量生産のための生成法の開発でした。この時期、世界中でメゾスコピック物理が台頭し始め、今日のナノサイエンスの発展に繋がっています。3 年後、高分解電子顕微鏡を用いて金微粒子の中で金原子が動く現象を発見し、日本物理学会の最高賞である仁科記念賞を受賞する幸運に恵まれました。新聞やテレビニュースでもとり上げられ名城大学を大いにアピールしたと自負しています。アーク放電法による微粒子生成は既知の方法でしたが、物理学科の安藤義則教授もこの研究を行っていました。1990 年、米国とドイツの研究者がアーク放電法を用いてフラーレン分子(C60)の大量生産に成功し、さらにフラーレンの超伝導現象の発見もあり、こうした研究がノーベル化学賞受賞に大きく貢献しました。安藤教授もフラーレンの量産を推進していました。炭素棒を電極としてアーク放電を起こすと、炭素が蒸発して煙が発生します、この過程で大量のフラーレンが生成されます。CNT は使用済の炭素電極棒の先端から発見されましたが、幸運にも誰もこの電極に興味を示しませんでした。この発見に至るまでの過程について少し続けます。「林超微粒子プロジェクト」は 1987 年に終了し、私は日本電気の基礎研究所に移り、時々安藤教授の研究室を訪れました。3 年後 1990 年、上記のフラーレンの大量合成が発表され、安藤教授の実験室にも使用済みの炭素棒が沢山放置されていました。翌年 1991 年 1 月、日本学士院会員名城大学終身教授飯 島 澄 男カーボンナノチューブと名城大学
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